樹木葬と永代供養

樹木葬と永代供養
しだれ桜の樹木葬と永代供養の「弥勒の塔」

2011年10月10日月曜日

直下型マグニチュード震度5.5



 何でも、直下型マグニチュード5.5の地震だったそうで、大黒達は裸足で本堂を飛び出したそうな。・・・折しも私は3晩目の檀家廻りで・・・何があっても私だけは生き残る事が証明されました。ご安心下さい。 

 お陰様で屋根が少し傷んだだけの事で済みましたが、いよいよ地震も関西に向けてやってくるかと、寄ると触るとその話です。 

 墓地に参りますと、見事に墓石が15度、右向け右をしておりました。墓の大きさには関係が無さそうです。一基も倒壊しなかったのが何よりでした。うちの墓は仲がよい。 

 組長、副支所長と連絡をし、近辺寺院の被害状況を調査しましたが、やがて本山から調査の依頼が来たそうです。・・・それより先にお見舞いだろうって・・・カネが欲しいときはジャンジャン手紙が来るのに。 

 本山から300万円の義援金を送りましたと報告があって、法然800年の法事は予定通り挙行、やがて末寺を通じて檀信徒からの義援金が集まり始めると、そこから300万円を本山の会計にピンハネします、また、その義援金を使って支援組織を作りますと言うから、 

「直接被災地に届かないなら、自分で送るからウチの組の分は返せ」 
「他人の褌で相撲を取るのか、本山とあろう者が・・・」 
「自分の所の火事が消せないで、よその火事にちょっかいを出すのか・・・」 

 こんな事を言うのは600ヶ寺の教団でウチの組だけ、これも異な物なんです。「ご本山がそんなに有り難いのかいコノヤロ」と」いいたくもなりますよね。 

2011年5月14日土曜日

地域の寺を育てよう。

■議員報告■                         2011.1. Vol.10

                                      西山浄土宗宗議会議員 栗 田 利 竜


地域の寺を育てよう。

西本願寺さんは宗議会の縮小始め、宗門運営の機動化を計るとか・・・

本気で改革に取り掛からねば成らないところまで来ているというか、東のボンボンより西の坊ちゃんがしっかりしているのか、今までは波風の多い東のほうが”民主的”でマシと言われて居たのですが・・・

どこの宗門も、どうにもならない事態を迎えているのに一向に動こうとしていません。
まず収入の頼りとしている葬儀については、家族葬とか直葬だとかが大流行で、鉦叩きの坊さんは大慌て、葬儀屋の裏口にこっそり営業したりして、すっかり舐められています。葬儀が無くなって行くのは、金が無い、宗教的離れと言うだけの理由ではありません。これは地域のお付き合いが壊れたからです。

日本の場合、宗教に無関心なのは今に始まったことでは有りません。宗教を気にしなくても生きてゆけます。国全体が家族で、皆日本教の氏子でしたから。、宗旨にも宗派にも拘りは有りません。最近は平気で菩提寺を捨てて移って行きます。

坊主が気に入らない、寺掛かりを安く、永代供養で先祖を預けてしまいたい、・・・これが三大要素です。永代供養や墓地で檀家を増やす等というのは嘘です。

それで、今まではリタイアしても地域の中で生きていましたから、お別れが必要でした。昨今のリタイアメントは社会的な死で、死のうが飢えようが周囲は無関心です。だからいつまでも生活資金に拘っていなくてはなりません。以前なら家族や地域に任せておけば良かったことが、いまでは家族まで金の切れ目が縁の切れ目、お世話に成らないように(笑)と怯えなくてはなりません。

責任の一半は本人にもありますが、社会の流れには抗いようがありません。遠く離れた町に住み所帯を構えた子供達には、故郷での親の暮らし、隣人達との誼に思いが至りません。自分が住む町や地域のお付き合いも薄く、終身雇用が崩れ皆がフリーターもどきになった職場で過ごしているのですから

寂しいことですが、亡くなってもお参りのない人が多くなりました。隣人に挨拶する日常すら無いなら、宗教的な情操があっても、ことさら告別式や葬式の必要はありません。子も孫にしても、日常がそれなら金の切れ目が縁の切れ目です。まして、別居してジジババに暮らしの中でのよしみがない場合は、その死にも思い入れは有りません。

死ぬことは生きることだと言います。宗教はこれです。後生を願うな、過去を思うなと言っているのではありませんか。今を生きる知恵が親にもお子にも求められているはずです。

たとえ宗教的な条件や環境がなくとも、亡くなった時、生前の交誼を懐かしみ、恩義に感謝し人々が参集してごらんなさい、子や孫は放っておけません。何を思ったか葬儀をケチったつもりが、いつまでも弔問の客が途絶えず、散々な目に遭った家も有ります。結婚式と同じです。

教団も寺も、今までの仕組みが壊れてきた以上、社会的な不要物に成る気がないなら考えなくてはならないと思うのです。宗教という哲学を旗に、社会的に必要な存在としての切り口を考えなければなりません。社会の仕組みの中に存在価値を示し、生きる道を探さなくてはならないと思うのです。

私はそれが、さしあたって高齢者福祉であり、寺子屋であり、コミュニティーセンターであり、カルチャーセンターでありと思うのです。過疎の田舎なら新聞もダスキンもヤクルトも、ジジババのオムツ宅配も寺がやればよいと思っています。(笑)結構な器と顧客を既に持っているのですから。

今は公務員が自分達の給料のために不必要な人数居座って居ます。国家の全歳入が役人の給料です。あり得ない話です。それなら寺が役人に引導を渡せばよいと思って居ます。坊主もそのくらいの気で居なきゃ、やっておれません。 マーケットの無くなる葬式屋稼業に固執する必要はありません。

地域では青年団も婦人会もPTAも瓦解しました。若者や子供のいる家が珍しいという有様です。私の村では仏教婦人会が全戸参加の唯一活きている組織です。それこそ、内緒で葬儀をしようにも会員が全員押しかけ、ご詠歌を唱えて送ります。

話は元に戻りますが、教団も最後の砦は小寺院です。ほんの数パーセントの大坊からの上がりは実際は教団運営に資していません。兼業で稼ぎそれで寺の屋根を支えながら地域に根ざした活動をしているような寺は、これからも生き残り、教団を支えるでしょう。顧客の為に役立って居るからです。まさにロングテイルです。

今教団は、方針を大転換し、根を養うことが必要です。空疎なテーマを掲げ浄財を蕩尽している時ではありません。小寺院が地域住民の心の拠り所として、地域のコミュニケーションセンターとして活動出来る為の方策を示し、それを支えなければ成りません。

二度と東京別院のような愚を犯してはなりません。住職の身の丈に合ったコミュニケーションセンターを沢山各地に作りたいものです。それが唯一教団の維持と開教の方法です。 本山も壇信徒に目を向けた方策に転じなければ、宗門は滅び、光明寺は紅葉の一観光寺院となりさがるに違い有りません。
                                     
再び宗政の脆弱について

昨年8月末に南部の地方教学講習会が開かれました。初日28日には恒例の「一日宗務所」です。これが、内局各部長の報告が有った後、参加者からの質問がゼロ。司会者が
発言を促しても誰も手を挙げません。

2年前、前内局が関東開教に付いて質問責めに会い、改めて関係者を連れて説明に出
直してきますと、ほうほうの体で”逃げ帰って”以来、紀州に対して関東別院の説明は一切無いまま、既成事実だけどんどん積み上げているていると言うのが現実が有ります。

総長が、「お陰様で今回は質問が無くて助かったというか寂しいというか・・・」と仰るので、本山には何を言っても無駄と言うことに歴代内局がしてしまったのですよ。と申し上げておきました。

この様に、情報を開示せず、質問にも答えないという内局の姿勢が、本山の運営に大きな陰を落としています。これだけ地方が冷めていると、恐らくご遠忌の円成にも影響がある事でしょう。

夕刻の、内局を囲んでの歓迎会がまた寂しい有様と成りました。

歓迎会の出席者が、内局に支所役員と数人の若いパーティー好きで、7人の丸テーブルが3つしか埋まっていません。部屋も小さい物に成っていて、正面の大きな看板が恥ずかしい様な有様です。中堅どころや長老の姿など一人も居ません。テーブル3つではパーティーに成りません。酒が飲めるというので部屋を取って泊まりがけ体制の支所長にも、酒を注ぎに行く者が居ません。

支所内でも早くから組内会を通じて質問を取りまとめようとしていましたが、支所行政上の力量不足と言えばそれまでですが、宗政に対する関心も支持も甚だしく希薄です。
その反面、”宗門が質問に答えないなら、乗り込んで一言言ってやる”という元気の良い若い衆が現れるかも知れません。紀州には”立候補を妨げない”と言う美風が有るのです。

ともあれこれは紀州の内部事情ですが、問題は本山です。今までは総長始め各地方から選出された部長達が、それぞれが持つ情報ルートを使って各支所に根回しをしながら宗政を担ってきましたが、今はそれが全く見られません。おまけに東京別院への投資以外に関心が無いがごとくの宗政です。

関東開教委員会への紀州出身委員も紀州からの学殖者委員も委嘱しないまま、唯一議員宛職の私もレッドカードです。総長が誰でも好みの人を指名出来るルールですから、本来ならここで委員を補充するべきですが、火中の栗を拾う人が居ないのか、委員不在を幸いとするのか、先日の参事会では既定路線のように納骨堂建設が提案され、賛成多数で上程されるそうです。紀州には何の情報も来ていません。

情報の非開示をはじめ、前内局当時の「三十五願女人往生」質問、現内局の「関本全集の体制翼賛問題に事寄せた個人攻撃」等の問題に関してもそれらしい回答が無いままです。

宗門の見識が問われて居るのです。何を問われても無回答、糠に釘では宗政の体をなしません。

前回のレポートで宗門執行体制の脆弱性と見識の無さを書いてレッドカードを頂きましたが、内局に対するイエローカードも既に出ていると思うのですが、皆さんの意見をお聞きしたい物です。

 何のつもりか宗門が出てきた

先日弁護士から内容証明が来ました。               【資料 1】

議会において私の議員報告が猊下の体面を汚し、宗門の品位を汚したと6ヶ月の議会出場停止を頂き、その際、私への懲罰の条件に、「文書による理由の提示」を求めて居りました。

議場でも議長が懲罰委員長に「あとで文書による説明をして下さい」と発言し、マスコミもそれを報じていたのは既にご報告の通りですが、今回は何と、弁護士による内容証明です。議会にも諮らずいつの間に顧問弁護士を替えたのか、新しく事務所を開いた弁護士3人の連署です。

私は「配達記録」という、個人的な手法に留め、公的な手段をは避けて居たのですが、宗門からの内容証明となると、事は対宗門で、ご丁寧に議会の範囲を超えて、宗門が乗り出して来たことに成ります。子供の喧嘩に親が出るというのがこれです。
これで私が法的な手段に訴えれば「被害者」であるご法主を参考人として法廷に呼ばねば成りません。

ついで、案じながらもまさかと思っていましたが、議事録に私への懲罰言い渡しの部分に肝心の「文書による回答」が記載されて居ないそうです。参事の和田議員が閲覧して来てくれましたから、間違いは有りません。
ちなみに、和田議員に対する
土江議員「関本問題は個人の事だから法的に訴えれば宜しい」」
和田議員「それならそうします」
と言う部分も記載されて居なかったそうです。誠に稚拙極まるやり方で、録音があり、マスコミも報じている事実を、どうやって粉塗する積もりでしょうか。 
議事録は逐次発言通りに書かないと意味をなしません。6月の議会では決算・予算案が審議されました。宗門最大の議題です。議事録に2カ所も疑問点を晒してしまえば、予算決議そのものも信憑性を無くします。

この様に、内局が先導して宗門の傷を大きく大きくしてゆく、やり方は門末の不幸に他なりません。「手打ち」の方策すら思い浮かばず、無策のまま右往左往している様子は無惨であります。
かつて内局を総辞職した総長の場合はそれなり各方面に方策を相談し、最後は潔く個人の責任として、周りに傷を付けない方法をとられました。それが大人の知恵というものです。

このまま宗門を衰退か破滅へ追いやる事は本意では無かろうと存じます。

                          納骨堂は代用ビジネス

  納骨ビジネスに関してはますます競争が激しくなり、大阪一心寺の一霊1万円に対して民間の霊園が(大谷本廟、北摂池田なごみ霊廟、横浜聖徳しらはた浄苑の例を見るように)全部で5万円を打ち出し、全国から宅配便で受付開始という有様です。都下ではもっと価格がこなれています。

【参考例】
町田市周辺の霊園墓地


町田こもれびの杜霊苑 総額 77万円~町田市
ハヤブサバレー 総額 84.76万円~町田市
南大沢バードヒルズ 総額 77.45万円~町田市
泉の郷  総額 98万円~八王子市
メモリアルフォレスト多摩南の丘町田市
町田聖地霊苑  総額 68.95万円~町田市
緑山メモリアルパーク 総額 87.6万円~町田市
メモリアルパーククラウド御殿山総額79.1万円~町田市
新町田霊園 総額101万円~町田市
メモリアルフォレスト多摩 町田市
町田いずみ浄苑フォレストパーク町田市
東京多摩霊園町田市
グリーンパーク新町田霊園総額98万円~町田市


これに対し東京別院は一霊数十万円のコインボックスを売ろうというのです。値打ちの差は比べようもありません。

もっとも、代用墓としての納骨ビジネスは、商売人の感覚から見れば”納骨”も”永代供養”も原価率がおそろしく低い、美味しいビジネスです。
お墓を持てない人に対して本堂の片隅を貸したり、持たなくても良いとする教義の教団が壇信徒に対して、お骨の行き所として便宜的に提供していたサービスを、これはよいと信者縛りと金儲けに利用し始めたのが納骨ビジネスです。教義への思い入れも檀家制度の縛りも無い所を商売人に見透かされますと、流れが高価な納骨堂建設となっても致し方ありません。本義をカムフラージュしたその場限りの金儲けなら業者の方が上手です。

分骨による納骨の本家高野山には、弘法大師と一緒に眠るという普遍のコンセプトが有ります。それを、後世に他の教団が真似をし、次いで本山が遠ければ地元の別院などで宜しいなどと簡略化してきたのを、今回の東京別院は新規寺院の客集め、収益のために代用墓を東京で売ろうと言うことですから、もとより「納骨」とは意味が違います。

ちなみに梶取の場合は、明治時代に本山から宗祖の分骨(分灰?)を頂くと言う手続を行い、それなりの言い訳を講じていたとのことで、ちゃんと理を通していましたが、それを知らず、800年遠忌のお待ち受け事業に祖廟から梶取へ、お骨分けイベントを開催しようと、支所会で熱弁した議長が無知と不勉強を晒した事もありました。

光明寺の別院なら、あくまでも光明寺への納骨を東京で受け付け、何年かは東京に置いてお参りが出来、最後には光明寺に納めると言うようなシステムでないと、何故の納骨か説明が付きません。この辺は前教学部長に口を酸っぱくしてご説明申し上げましたが無駄でした。あくまでも東京の金儲けにする事が必要という訳です。

つまり、本来の「納骨堂」であれば5年10年と限って棚から大地に納め、棚を空けます。回転が効くのです。ところが代用墓とすれば棚は少なくとも33回忌50回忌、又は永遠に塞がり、お守りし続けなければなりません。ここが本山をバックに持つところと、何もかも自分で背負い込まなくてはならない所との大きな差です。
おまけに、関東に僅かの伝手しかない西山が棚を埋めるには遠大な時間と経費が掛かります。もし一霊でも来てしまえば管理の人件費、経費は全部埋まったのと同じです。その負担だけは全部光明寺に掛かり続ける仕組みと成っています。都合の良い話です。

東京でやろうとしていることは納骨ではなく、本山の名と経費で東京で商売しようという、代用墓ビジネスに過ぎません。本義をしっかり通さないから、業者の口車に乗せられ、見せ掛けばかりの客寄せに過大な投資をそそのかされます。
現にそういう感覚の”納骨堂=代用墓”は境内のお荷物になるのが普通で、欲を出して大きな投資をした寺は倒産し始めました。西国2番観音霊場の紀三井寺でさえも巨大な観音像を持つ”納骨塔=代用墓”を建てましたが、お骨が集まらなくて青くなっています。

先日も都内に本山を持つ他宗の大教団ですが、本山職員が、「地方寺院の振興」をテーマに当山の活動を出版取材に来ましたが、町田という場所での霊園事業には「もうあの周辺は余りかえっていますのにね・・・」と呆れて居ました。現地の人間はよく知っています。以前からお伝えするように都下一番の墓地の過密地帯なのです。もちろんお隣の八王子、多摩団地などは創価学会の巣と言われる地帯です。

特に頂けないのは、当初より関東開教には霊園開発ビジネスが根底にあり、それの言い訳に教線の拡張が謳われる事です。昔も千葉で、霊園の上がりで寺が建つと言う話がありましたが、今回の町田でも当初の目論見は霊園開発でした。それが、使えない土地であることが判った上に、都の方針と地元自治会の反対、当時の総長がぶち上げた”関東で5億勧募します”が全くのホラ話で計画が頓挫してしまい、慌てて今になって、「納骨堂」の開発許可ならばと、都から地元の町田市に権限が委譲される来春までの間に、埋骨はできない「納骨塔」を駆け込み申請しようと言うのが真相です。

もとより、無謀な教線拡大など教団の自傷行為そのものです。

檀家を殺したら承知しないぞ。
                                     
  先日、弟子が転がり込んで来ました。10人目です。

ペットのブリーダーで、特殊な犬を個人的に頒布している夫婦ですが、和歌山市内の有名な寺の檀家です。有名というのは、何でも、年忌法事は寺に呼びつけられ、読経は10分余り、請求される布施が30万円だそうです。
それで、十数年一緒に暮らした犬が亡くなり墓を建てたそうで、寺に読経を頼んだところ、
「畜生まで構っていられるか!」
と一喝されたとか。堪りかねて私の所にペット供養にやってきました。

それが縁で色々とお話するなか、当山の檀家になり、次いで出家もしたいと言い出しました。経本とCDを仏壇屋で求め、今も毎日1時間半読経しており、仲間内のペット供養もしてあげたいと言うのです。
あまりにも思い入れが激しいので、よくよく聞きますと、奥さんは若い頃からの腎臓病で、アレルギーがある為に、透析になったが最後2年の命と言われて居るそうで、人生の大半を薄氷を踏む思いで過ごしてきた人です。

形ばかりの作法をして得度しました。体の具合から水被りの加行は無理。ペット供養ならプロの鉦叩きに成る必要は無いからと言ったのですが、どうせやるならと、とうとう本山に電話したそうです。

電話に出たのが永年宗務所に居て、歴代の部長に宦官並の忠誠を以て仕えた職員です。加行を済まさなければ僧籍は取れないという説明だけで良いのに、
「診断書が出ている等と言うが、電話でそんな物、見る事が出来ないじゃないか」
「あんた本当に得度しているのか?」
等と言いたい放題。この人、強い者にはおもねても、弱い者には滅法強いのです。

これがショックで今、好きな西山にはねのけられたと、悲嘆の涙で、もう宗教はヤメだと寝込んでおります。

その前にも伏線がありまして、宗門御用達の衣屋に法衣を注文しようとして、私から
「本職と並んだ席に出ることは出来ませんが、ペットの為だから綺麗な色衣を着てお参りして上げたらどうですか」
と言われていたのを、やれ僧籍を取るまでは無金でないといけないと説教され、無金の袈裟、座具、黒衣を一通り注文させられたのだそうです。

めげていたので、衣屋に電話して、
「おまえの所は先代もずいぶん押しつけがましい人物だったらしいが、今も師匠をさしおいて衣屋の従業員が新発意に説教するのか?余所で頼むから全部キャンセルする・・・」
全くどれもこれもでありますが、この様に硬直した組織は末期症状です。特にいけないのは、宗教者らしいおおらかさ、温かさが全く有りません。
坊主が命より大切な葬式を取り上げられようと言う時節、それでなくても壊れやすい、ガラスのような弟子です。まして檀家を殺したら承知しないぞ。

猊下が激しく御垂辞

■議員報告                           2010.7  Vol.7
                           宗議会議員  栗 田 利 竜

猊下が激しく御垂辞

6月28日、臨宗の冒頭、法主猊下が激しい御垂辞を述べられました。
たまたま私が議員報告8号で述べました、今期の法主選出にまつわる「西山」誌の記載に基づく、宗門の体面とマナーに関してであります。
かねてより、内局の姿勢と対外的な体面について危惧しておりましたが、身近な人達でもありなかなか言いにくい事で、ためらって居りましたが、あまりのことに意を決して報告させていただきました。もとより個人攻撃と取られることは心配でしたが、公職の事であり、宗門として看過できない事と思い発表したのですが、まさに猊下の御垂辞が、畏れ多くも申し合わせたかのごとく全面的に同じであり、更に詳細に渉る内容で、45分の時間を掛けて指摘されました。
猊下にしましても、ご自身の事であり立場も有りますから、なかなか言えない事を、公的に記録の残る場で、マスコミを前に発言なさったのですから、いかほど思いが深いか、そのご心中を計るに余りあります。
ともかく、僭越ではありますが、私の報告をお読みいただき、その一部でもお酌み取りいただきたいと存じます。「西山」誌には表向きの報告がなされるだけで、マスコミにも実情を伝える所はなかなか有りません。

こういう事があって、宗門の問題点と恥を晒すことになっても、総長が遺憾の意を表されましたが、その後内局の当事者達には何の動きも見えせん。本来なら、その場で所見と今後の取り組みを示すべきですが、このまま聞き流してしまうのでしょうか。

レッドカードを貰いました

さて、議事も進んで門末会の承認案に入り、そろそろ東京別院納骨堂の協議題に入ろうとした瞬間、東部の鈴木議員から緊急動議が出されました。結局6ヶ月の出場停止と言うことです。
私の議員報告が怪しからんと言うのです。最前猊下が御垂辞なされたことです。
もとより品位を汚す個人攻撃など、ことさら注意して書いたつもりですし、お互い公職上のことですから、時には不都合な事も書かねば論議になりません。猊下ならパスでも私では具合が悪い・・・と言うことでありましょう。
それにしてもタイミングが絶妙です。同僚議員は、休憩時間中鈴木議員が、懲罰委員長とヒソヒソ打ち合わせをしている姿を目撃し、不審に思っていたそうですが、お陰様で私は次の議題、東京別院の納骨堂計画案に対して意見を言う機会を無くしました。
こういうテクニック、手法は政治の世界では有るにしてもまれです。まして坊さんの世界でここまでやるかと思いますし、やれる人はまれです。宗議会もなかなかレベルが“高く”なりました。すっかりやられてしまいました。
勿論、議員報告の内容に関して謝罪とか撤回という事は出来ません。私が謝ったりしたら猊下の発言も具合が悪いと言うことに成ります。同僚議員に後事を託して懲罰に甘んじましたが、議員の議場での発言を封じると言うことは大変な事です。前例となることですから、懲罰を受け入れる条件に理由を書いた公文書による令書を求めて了承されました。懲罰委員長が如何なる風に理由を書かれるか、それをまた逐次ご紹介したいと存じます。
何でもこれは、宗議会史上初めての事らしく、前例も何も無いのだそうで、誠に不名誉というか、ある意味で歴史を作った訳ですが、推挙していただいた南部支所の教師各位に心より不徳をお詫び申し上げます。
また、関東開教委員ですが、これもまた参加資格を失うという事です。どうやらこれが目的のようです。煩いのが居なくなったとほくそ笑んでいる人がいるかも知れません。納骨堂にかける執念には感心いたします。

インターネットの使用はお咎め無しに

私にとっては大変な”言論弾圧”ですが、ここで特筆すべきは、インターネットの利用が、新しい媒体であり、理由がないので一切規制しないことが懲罰委員長から表明されました。
鈴木議員から出された譴責の理由が。「インターネットで宗内の情報を流した」と言う事でしたから、これも首尾一貫しない事ではありますが、これからはネットの利用が常識となり、日常的に欠かせない道具となり、また、組織、団体には情報の開示が必要不可欠となりますから、社会の流れに叶う組織として、当然の判断ではあります。
「今は取り扱いに基準がない」等と、不勉強、不都合の言い訳でなく、時代に即応した社会的なルールを基準としたいものです。

さて今、本山の宗務所には立派なインターネットのサーバー(インターネットの中継機)が鎮座しています。普通、24時間管理しなければならない自社サーバーには多額の費用と手間が掛かりますから、自前のサーバーを必要とするほど大量のデーターを扱わねばならない事業所以外は、無駄で贅沢なものと言えます。おまけに、自前のサーバーは安全性の面で不安を抱えると言うのが常識です。
尋ねてみますと、今のサーバーは800年遠忌の費用で賄われていて、本山光明寺が間借りしているという説明でしたが、肝心の遠忌のサイトは開かれていません。遠忌については光明寺のサイトの中に「遠忌執行本部が平成17年4月にスタート。毎月1回、遠忌執行本部定例役員会を開催し、より具体的な実践にむけてここまで3回の会合を積み上げてきました。」
と言う古い記載が有るのみで更新もなされていません。
800年遠忌は勧募が進まず、来年の決済が危ぶまれる事業もある始末ですが、本山にはこういう一部職員の趣味ともとられかねない、建前だけのお気楽な予算の使い方が散見されるのは勿体ない話です。

ともあれ、インターネットの使用は生活の上で不可欠と成っています。何も技術的な能力を全て担当者が持つ必要はなく、文章を書く能力と発信する意欲さえあれば、掲載は本職にまかせれば良いのです。お金を使って道具を揃えるのは道楽であって、その目的ではありません。もっと前向きに、綺麗事だけの観光サイトでない、宗門人も日常の用に使える前向きなサイトとし活用していただきたいものです。

まだ納骨堂ですか・・・

結局私は参加できなかった関東別院の納骨堂問題ですが、2月の定宗で発表すると約束された関東別院の運営見通しも出されない時点で、先走った提案などトンでもないと言うことで退けた計画がまた出され、大部の資料も配付されたようです。今まず納骨堂の申請を都に出すという件で、同僚議員の話では反対したものの賛成多数で押し切られたそうです。
資料は以前の、池にガラス鉢を浮かべるプランです。
事業費の目論見では工事費が1.5億円、全部売れれば売り上げが6億円弱、誠に結構な話ですが、これには何と販売経費も事務費も計上されて居ませんから、向こうから買いに来て呉れるのを待つということらしいです。全部売れる事は何十年先に有ろうかなという話で、あの辺鄙なところに、西山の檀信徒だけを相手に、単価60万、100万、150万円の価格です。夢のような話です。
町田の駅前にはすでに市内の何処からでも拝めるという9階建て1、344基の納骨塔が一区画40万円、寄付も管理費も不要、不要になればお金は還しますという超良心的な納骨塔があり、それでも半分空いているのです。
実際には納骨堂を企画する場合、寺が自分の檀信徒の中から、確実に見込める顧客で3分の1の販売量を見込んでスタートしなければ行き詰まると言うのが常識です。東京別院で納骨堂が話に出た時点で
「今の檀信徒で納骨堂が欲しい人は何人くらい居るのですか」
と本山の担当職員に尋ねますと、
「家族檀を欲しがっている人が2~3人居ます、その人達の願いに応えたいのです」
と言いますから、
「その二人のために本山が2億円出すのですか?」
と言ったことがあります。
関東の檀信徒は、当初600名あった檀家名簿を20年余で240に、町田にもう一つ寺を作りますからご寄進をと言った途端に124に減ったと聞きます。今回は請願書なるものが出ていましたが、それらも実際に購入してくれる積もりがある方達なのでしょうか。有った方が良いなと言うような暢気な事が許される状態ではありません。

さて仮に、世間並に3分の1が採算点とすれば2億円です。最低でも必要な販売経費5千万円は用意しなければ販売業務が出来ません、それで広告費無しです。東京での広告には膨大な資金が必要です。それで幸いにも売れたとして、初めて建設費だけがチャラです。その見込は有るのでしょうか。
おまけに、あの関東平野の中に泉水を巡らし、ガラス張りの納骨堂です、計上されている年間80万円の予算では空調機器のメンテナンスと電気代にも足りないでしょう。なぜ空調が最小限で済む建物にしないのでしょう。人件費を始め、経費を併せると経費は数倍です。それらが永久に別院の収入を食い、ツケは光明寺に廻って来ることになります。
如何に見た目の格好ばかりを追った無謀な計画で有るかが判ります。

それに、今回なりふり構わず申請を急ぐ理由は、もうじき墓地開発等の許認可が権限委譲で都から町田市に移るので、今の間に駆け込み申請しないと認可が降りなくなると言うのが理由です。当初から地元に歓迎される計画で無いのを自ら認めている訳です。こういうのは商売人か政治屋のやることで、宗教者のやることでは有りません。

関東別院のそもそもの目的は離郷檀信徒へのサービスと西山流の念仏布教で、横浜に最初の拠点が作られました。
法要、月参り等のお勤めが続けられ、それなり寺院の役割を地味に果たしていたと思います。250軒の檀家と言えば、市街部では結構に自立できる寺院です。それなら、そう言う寺を関東一円に増やして行けば宜しいのでは有りませんでしたか?格好を付けて大伽藍など、関東の方達は求めて居たのでしょうか?すでに答えははっきり出ています。

大金を投じてしまいました以上、今更、強引に計画を進めた関係者に損害を補填してくれと言っても叶わぬ事かも知れませんが、撤去して都に返さないなら今一度、本当に地元の人達が求めている形を考え、受け入れて頂く方法を考える事です。学会シンパのコンサルはじめ、間違った情報を元に宗門をリードした発願者に、本当に責任を取れと言いたくもなります。

開教というならまず街頭に立って獅子吼しなければなりません。法務と言えば骨身を惜しまず鉦を叩きに行かねばなりません。呼ばれるのを待つ様ではこまります。
たとえば、今話題の家族葬など、需要があり、関心も持たれているのです。納骨堂などの装置産業に投資するより、今困っている都民が居るなら、あの広大な空き地に家族葬向きの小ホールを幾つか並べるなど如何でしょう。更に、仕事のない若者にホール要員として働いて貰う、勉強して貰う、沢山養成して都内のホールに派遣する・・・仕事は幾らでもあります。ちなみに私が始めているホール要員(献茶婦)の派遣は好評です。求められている分野を探せば仕事は幾らでも有ります。
末寺単独ではなかなか出来ない教育や福祉の仕事も、本山であれば信用も資金も人材も何とかなります。鉦を叩きたければ都内に沢山ある葬祭ホールに、10万円、5万円で結構ですと言えば幾らでも叩かせて貰えます。開教師ですから、なりふり構う必要は有りません。あらゆる機会にご縁を求めるのは当然です。そこで布教すればご縁につながりますから、タダであっても出たい席ではありませんか。コミッションを幾ら払って・・・等と言っている様では恥さらしですし、格好ばかり付けて、開教師を呼び名や衣の色で飾りたててみても、そんな物を見てくれる人はいません。

今期も東京別院の決算は主たる横浜別院の収入を合算しておいて、人件費は計上しないと言うやり方です、前期は恥ずかしそうにしていましたが、今期は堂々と出しています。こう言うのを既成事実化とか開き直りと言うのでしょう。せめて光明寺の決算で東京要員の人件費が明示されて居れば内実が判るのですが、それが一括りに成っています。

今本当にやらねば成らないこと

2月の定宗で猊下が800年遠忌の事業に壇信徒に対する受け入れ施設、施策の欠如を指摘なさり、急遽信徒会館の改修が決まったようです。柴田内局の時代に、殆どの方向が決められていた遠忌事業計画ですが、多くが関東別院始め、短大、梶取等、外の事に費やされ、日下内局の時代に本山で目に見える事業が何も無いと言う声に、あわてて「蓮生閣」が計画されました。その「蓮生閣」は客殿であり、坊さんが使う座敷であり檀信徒が入る所ではありません。
そして蓮生閣が完成すれば、その縁側から釈迦堂西側の降り棟など、みすぼらしいところが露見してきます。
この様に、思いつきの施策は次々課題を呼びます。大局観に立った事業計画が望まれますが、今は来年の決済を勧募の進み具合に掛けている有様です。どう考えても採算の見込めない東京の納骨堂などに掛ける余裕は無いはずですし、駆け込み申請などの小細工などに頼らず、地元に受け入れられる計画をゆっくり練るのが教団としては正当なやり方です。まず火急の問題、やっておかねばならない補修などに予算を使いたいものです。
今回のご垂辞に対しても、誰も責任を取らない宗門です。内局にしろ議会にしろ、馴れ合いで事を運んでいては宗門の先が思いやられます。後世の審判に耐える事の出来る決断には、大変な勇気が要ります。
また先日は、東部の寺院でストーブの失火から庫裏を全焼するという、お気の毒な事件がありました。西山浄土宗ボランティアの会では前例から早速10万円のお見舞いを持って駆けつけました。本山からも庶務部長が駆けつけられたそうですが、ボランティアの会では、このような災害対策の事業は、本来本山の仕事であるとして廃止の方向で考えていたのですが、本山の公的なお見舞いは1万円だったそうです。昔、川崎総長が恥ずかしい思いで、ご自身で包みの中身を足したと述懐された金額そのままであったようです。おまけに、書式集の「災害被害届」と「被災寺院見舞金基金規定」というコピーが、支所長を通じて渡されたと言います。
災害にあい、これからどうやって再興しようかと思案をしているときに、被害金額、そのうち保険で保証される金額、檀信徒から勧募する金額、復旧に要する期間、賦課金減免延期を希望するか否か・・・これを提出しなさいと言うわけです。不足額は本山が面倒を見ようとかいうならともかく、復興の目処も付か無い時に、木で鼻を括るというか、逆に怒らせるだけのような仕打ちです。取り敢えずの見舞金が1万円でも結構、次に必要なのは復興資金です。提供できなければ貸与なりの方法でも、ともかく当の末寺を立ち直らせる方策を講じたいものです。

目から鱗、火が飛んだ

さて、光明寺財団が解散されます。会計士の報告に依りますと、名目上の残金は遠忌事業に3000万円支出して残り千7百万円余ですが、土地、株(阪急電車)、建物共済保険等で総計2億3千万円余のようです。
当時の趣意書等は開示されないのですが、ある方が「真空大僧正頌徳」という冊子と「信仰の友」昭和8年5月号のコピーを送ってくださいました。それによると財団への寄付第100回で、5百円、百円、80円・・・の数字で並んで居ます。当時のお金で60万円余集まったと言います。2千5百円でお堂が建ったという時代らしいです。今では想像も付かない実力です。
近年は支出が光明寺への助成金と、光明寺での法要費だけらしいですから、本来の仕事ではなく、延々と光明寺が経費として蚕食して来た訳です。

それはともかく、先日の「関本全集」にまつわる“個人攻撃事件”ですが、あるご老僧から戦争当時の話を伺っておりました中で、
「徴兵を拒否したら憲兵に引っ張られる、国を挙げて国難に立ち向かっている、そう言うとき、管長としてどういえば良いのか。他山他宗の管長が口を閉ざして何も言わない時に、我が宗の関本管長は発言してくれた・・・管長にああ言って貰ってみな戦争に行った。それ以来ワシらは時流時節で何も言わないのに、何も知らない若い者があんな事を・・・」
知覧の特攻隊基地跡へ、団体を組んでの“法要”を誘った人達を、パフォーマンスまがいと、今でも苦々しい思いをしている方です。戦争にはその当事者に、言うに言えない思いがあるのです。

次いで、ある学識者から大変な事を教えて頂きました。あの関本発言こそ、西山教義そのものの体現であると言うのです。関本師の『教旨叢談』を読んでみろと言われました。あの発言が証空教学であると言うではありませんか。ついでに言えば、私のこの議員報告なども西山教義そのものだと・・・不勉強な私にはその深い所までの意味はなかなか判りませんが、おおむねその概要を引用致しますと、

1,宗祖大師の教えは「時機相応の、・・大いに時機に相応した、・・能く当時の気運に投合した」ものであった。

2,国師弥天が「自家の職責として、自ら其の解釈の大任を担当するに至」り、「自家の教旨かく高調に語り且つ謳うた」のは、「畢尭当時教界の趨勢と社会の気運に乗じ、特に彼の念仏に物足らぬ心地するものの為に、百味の飲食を供え」られた、それは国師弥天が、「其時代の気運に応じて、教旨を宣伝」せられたからである。

3,しかし、徳川期の「時期相応」の改革は、「・・何事も単純浄土宗的に傾き、専ら外観の美を装い、且つ当時に都合よき、一時の糊塗策を用いたるの結果、終に一流の主義信仰までも、時流相応の風情に陥ったのであろう・・」と、「・・或いは時流に阿ねたといおうか、兎に角一流教旨の本領を無視したるの傾きがある、豈慨せざるべけんや」

私の粗雑な言い方で申しますと、法然は教団を打ち立てるために努力した。証空はそれを維持するための努力をした。そして徳川期の一連の諸改革。共に時代に応じた物を提供しようという心は同じで有りながら、今になってみれば一方は格好ばかり付けて大事な物を失っている・・・
学者で理屈っぽいと思っていた証空の教学が、実際は現場主義であり、逆に法然門下が形式主義になっていると・・・

それで判りました。宗制宗規に
第百七十二条 寺院はその実情に応じて公益事業をしなければならない。
第百七十三条 公共事業をするときは左の事項を具し宗務総長の承認を受けなければならない。その事項につき変更を生じたときも亦同様である。(記載事項中略)
第百七十四条 宗務総長が前条の承認をしたときは、これを公益事業簿に登載する。
第百七十五条 公益事業で、その業績が顕著であるものには、補助金を交付することができる。
「公益事業をしなければならない・・・」とわざわざ断定されて居るのは、我が宗が現場に即した菩薩行を前提とした宗旨で有り、ただお念仏を喜んでいればよいと言うことでなく、積極的に報恩の行をしなければならないという教旨なのです。

宗門が教学を大切にしなければならないのはここでしょう。そうしないと自分達の位置と姿と、しなければならない勤めが見えて来ません。せっかく先人が積んで下さった光明寺財団の基金です。教義に添った使い方を心得たいものです。

たも短大に延命輸血?

京都西山短大がいよいよ経営に困っているようです。800年遠忌で2億の輸血を行い、保育科の建物を建てましたが、経営には寄与しないままのようで、明らかに失敗、2億円は烏有に帰したようです。少子化の時代に短大卒保育士の需要が無かったのです。あろうことか、今期は受験願書が出たもの全部を合格者としてカウントしているとか、表に出来ない冗談のような噂までが聞こえてきます。実際の在学者数を知りたいものです。
お孫さんの関本議員に所感を聞きますと、光明寺財団解散を急ぐ理由として、「すでに幾つかお金を欲しい所が取りざたされ、短大が筆頭ですからね・・・」と、半分諦め顔、何だか物分かりの良い話ではありました。

幼稚園はまずまず、高校はスレスレ、短大はいよいよ・・・と言うことは聞いておりましたが、ともかくこれは気を付けなければなりません。応急措置で問題を糊塗しているうち、益々病状を悪化させるというのはよくある話です。

西山短大はいまさら「大学」に拘る必要はありません。一時も早く「学寮」に戻しては如何でしょう。そうすれば宗門で護持する理由が成り立ちますし、身軽になれば生きて行けます。ライフクリエイトコースと言うことで、またぞろ中国人学生を導入しようという話も有るようですが、中国人学生が学びたがるのは経済や医学、つまりお金儲けです。特にビジネスを学びたいと言うのが殆どで、宗教や学問をしたい訳ではありません。私の学校経営仲間も北京に事務所を持ち、学生の留学を扱っていますが、西山に連れてこようとすれば2年間日本語を学ばせ、経済学部等に入れる役割しか有りません。そして四大を卒業してアメリカへ博士号を取りに行くというのが、優秀な中国人学生の定番コースです。それに応えるには教員から入れ替えなければなりませんが、急遽看板を掛け換えた程度では、アルバイトが出来る市街部の日本語学校に行きます。ほとんどの中国人学生は稼がないと暮らせないのです。
短大はすでに法主猊下の尊父が、学生の時代にストライキを起こし、西山高校の地に移転を訴えた事件があったそうです。今から思えば大変な先見性ですが、当たり前です。学校も人の多いところに行かねば客は付きません。これを押しつぶした面々の無知と牢固が残念でなりません。
それから幾星霜、今は少子化の時代、大学はすでに多すぎますし、シビアな生き残り合戦に、素人経営で立ち向かえる時代でありません。また悪いことに、西短の場合、優秀でも都合の悪い教員を追い出すような人事が続き、昔に比べ人材が酷く手薄となっています。外部の学会や出版界に通用する人材、論文も無く、マスコミに登場しているのも、学長の節談イベント以外見かけたことがありません。
結局ここに至り、学寮として元に戻し僧侶の養成機関とするのが一番良いと言うことに帰結します。始めるに比べ撤退には更に大きなエネルギーが要りますが、誰かが決断しなければならない時期が来ています。

もっと宗門を大切に

■議員報告                                             Vol.8
西山浄土宗 宗議会議員
栗 田 利 竜

もっと宗門を大切に

御忌会中に、岩田猊下のお居間に伺候いたしまして、ご機嫌を伺っておりましたところ、
教学部長が入ってこられまして、
「御前さん、先程のお話の・・・のところが、正確にはこうで御座いますから、お気を付けて頂きたく・・」
「・・そういう事でもあるかなあ・・気をつけましょう、はいはい」
と言うやりとりがあり、あとで、“・・貴方は今の話、どう思うかね?”

横で聞いておりまして、管長という物はなんと些細なことをしたり顔で指摘されなければならない物かなと呆れて居たのですが、私如きが評論する立場でもなし、苦笑しておりました。

ご法主は物理学(東大)の泰斗で、しかも学寮で宗学を究められた方です。おまけに説教師タイプではありませんから、起承転結を順に進めるような話し方はなさいません。聞く方は余程注意して、その意とするところを考えないと、話しておられる意味が、ともすれば理解の難しい趣のお話をなさいます。ですから、ともかく小さな事に拘ってはいけないお話なのです。

まして一山の管長です。その言葉は私たちにとって金科玉条、こうと言われたらそれは釈迦をはじめとする、列祖の言葉です。管長の口から出た言葉は是非を問わず私達は受け
入れなければなりません。それゆえに管長職は重責なのです。ですから、それなりの人物を推戴するか、もしくは何も仰らない方をあえて選ぶものです。

たとえ私の様な者であっても、お茶お菓子を出されて対面して居る客は正客です。そこへ身内話、それも注文など付けに来たら、例えそれが正論であろうとも、御前には一山を背負っている体面があります。私だったら「馬鹿者!」と言います。逆に、そんなことは誰もいないところでそっと言わないと聞いてくれないと思うのが常識ではありませんか。

どこの組織にも、前例、慣例などと百年一日の事をしたり顔で講釈し、さも自分が物知り訳知りで有るかのように振る舞う小人物は居るものです。ただ、相手を間違えてはいけません。本山では管長がルールブックです・・・どこかにそんな話がありましたね。ましてや、管長といえども言ってやれという下克上の気風が山内に蔓延していたりしたらそれこそ大変です。

現にそういう事が有りました。

昨年春、現管長の任期が来ました。推戴委員会が何回も開かれ、あれやこれやの人選話
が一巡して後、結局、現法主をもう一度という話になったのでしょう、総長やら委員長が現管長の下にお伺いに行ったそうで、
「アンタやりますか?」
「ウン、ワシやりたいワ・・・」
と即答したと有ります。
「西山」誌にはこう書かれています。

次期管長推戴について、前同委員会の最後に、岩田文有現管長の「推戴いただけるので
あればお受けいたします」とのご意向を持ち帰った各ブロックからの意見を聞いたが、いずれのブロックからも異論はなく、現管長のご意向を尊重するとの報告がされた。よって、採決に入り、委員会として現管長岩田文有僧正を次期管長として推戴することを全会一致で決定した。規程に則り、委員長から宗務総長に委員会の決定を報告し、宗務総長は直ち
に岩田文有僧正にその旨を伝え(委員長同行)、「謹んでお受けいたします」との承諾のご
返事を得た。今回の管長推戴委員会では初めての規程運用となり、委員問で条項の解釈
に違いがあるなど、様々な問題点があるとの共通の認識を得、今後宗会を通じ早急に規
程の見直しを諮っていくべきとされた。

この様なことは事務的な報告です。どこかですれば宜しい。公報であれば経緯は何とあ
れ、そこは、然るべき者が管長の下に伺い、
「衆目の一致するところ是非猊下にと言うことでございます。猊下におかれましてはご苦労でありますが、このまま前例先例にこだわらず、続き私達をお導き下さいますよう・・・」
と三顧の礼を以てお願いに行き、引き受けて頂きました・・・と、そう書かねばなりません。
それでこその値打ちではありませんか。たとえ泥沼の争いを水面下で繰り広げ、疲れ果てての挙げ句であろうと、公報は公報です。宗門の面目が有ります。規則だの手続きだの、
長々と経緯など書き立てるのもでは有りません。全くの小役人感覚で宗門という物を考え
ていません。

私などひねくれ者には、
「結局あんたにするからヤルカイ?」
と聞きに行ったら、
「ウン、ヤルヤル」とすぐに答えたゾ・・・
としか読めません。

それで公示が大きな字で「岩田文有僧正」です。辞任されていないのですから当然現役の猊下です・・・何時誰がクビにしたのでしょう。こういう非礼を、誰も言わない誰も責任を取らない、それが看過されるいい加減な宗門です。心ある門末はあきれ果てています。

今、葬儀無用論とか坊さん無用論とか、面白おかしく書き立てられ、仏教界には冷たい風が吹いています。寺院や僧侶の存在が問われているのです。軽い物になっているのです
。私達自身が率先して法をあがめ、法門を大切に、その値打ちを守らなければならない時
です。本山自らその値打ちを下げるような振る舞いなどとんでもありません。大衆の葬式
離れどころか、先に門末の本山離れが始まります。竜馬の「脱藩」がブームですが、「脱
宗」が起こり兼ねません。

何度も推戴委員会を開いたと公表するだけで、別の人物を担いだ勢力が居たとバラし、現法主の面目を潰している自覚も無いのです。800年という大変な折り目を迎える時に、中途半端な任期の切れ目となり、後任を思いやられ辞任をためらっておられた時です。だからこそ余計、神経を使って然るべき時でありました。そこには惻隠のかけらもありません。
普通なら義憤を以て席を蹴るところ、よくまあ堪えておいでであると存じます。

「すまんなあ、あれは甥っ子でなあ・・」
などと言われるのですが、それも困りますなあ・・・それを・・・。

本山の埋蔵金

2月の定宗の冒頭、御垂辞で法主が東京別院の納骨堂計画に触れられ、「いずれ埋蔵
金を宛てにしての事でしょうが・・・」と述べられ、その後で総長が慌てて、本山には埋蔵金なる物は一切御座いません」と打ち消されました。
そのすぐ後に上程されたのが、墓地会計と光明寺財団の解散、光明寺会計への繰り入れ
でした。
確かに、財団は十億以下の物は通常会計にして税金の対象にしようという財務省の方
針があります。しかし、それに乗じて早々と解散しなければならない物でもありません。墓地会計にしても、それこそ墓参者の為に駐車場の確保など、これからしなければならないことも沢山有ります。

問題はその金が光明寺会計の中へ繰り入れられ、議会がチェックしようにも、協議題として、使った後に承認を求められるだけという事になるのが困るのです。光明寺は東京別院という大きな宿題を抱えています。延々と資金を送り続けなければならないお荷物を抱えています。財団の解散や墓地会計の解散はそれこそ、その為の埋蔵委金作りと取られて
も致し方有りません。また現実に使ってしまう事になりそうです。二月までと約束された別院の経営見通しがまだ出されておりません。

特に光明寺財団は、元は”光明寺教育財団”と言い、かの関本御前が修徳高校、西山高
校などに次ぐ社会事業の為の基金として積まれたものと言うでは有りませんか。世の流
れとして財団の形が無理なら、特別会計として別に積んでおき、その遺志を継ぎたいもの
です。現に、今まで何度か有った、解散して使おうという話を、私達の先輩議員が必死に
反対して守り抜いて来られた歴史があるそうです。

これを支所長に話し、支所の意見としてまとめて欲しいと話しますと、
「一議員の意見など出せない、議員団でまとめて来い」と言います。問題意識も政治センスも何も無い話で、あとの言葉に詰まりましたが、地元10組の、そのお孫さんまで居る議員達もまだ何もいわないのです。いずれ6月の議会に提案致しますが、それまでに何とか、紀州の皆さんの総意として応援して頂きたいものと願って居ります。こう言うのが本当の“関本問題”ではありませんか。

字を読めない人が学者字イジメ
宗門の教学を大切に
2月の定宗で予算審議の際、教学研究所予算200万円のうち60万円あまりしか支出されていないのを問いただしますと、教学部長より
「今の教学研究所は機能しておりません。こんなパンフレットが一冊出ただけです。」
と言う発言でありました。
前教学部長時代、短大および研究所に連日教学部長が顔を出し、なにかと口出しをしているとの話は聞いておりましたが、教学研究所は法主直属の機関で、所長が宗務総長です。宗門の教学を司る機関として、最高の権威と地位が保証されている機関のはずですが、予算執行の事務担当にしか過ぎない教学部長が、さも自分の下位組織のように、上長の総長が所長である研究所を批判しています。
実態は出張旅費一つにもいちいちお伺いをたてさせ、嫌がらせ同様の扱いをしているのが実情のようです。わずか200万円とはいえ、議会で決定された予算です。全額使って当然の予算ですし、これでは資料代にも足りないはずです。勿論パソコン等の機材は全員自弁、良いところは短大のコピー機を自由に使わせて貰えるところだけと嘆いて居ます。
それでいて、35願が女性差別ではないかとの問い合わせに慌てて学階所持者全員にまで諮問を出し、それを集約さえ出来ずに返却したり、「関本全集」の皇国史観問題でもレポートを求めましたが、この件に関しては研究所は質問の意味と背景が判らず、内局も結局その力作を活用出来なかったようです。都合の良い便利使いをしようとするからです。
ちなみに研究所の実績について、私の求めに下記の報告書が回付されました。
--------------------------------------------------------------------------
-
西山浄土宗教学部長殿
平成二二年二月二二日

西山浄土宗教学研究所

教学研究所:平成ニー年度研究活動状況

○昨年度に引き続き、西山上人御法語『定散料簡三重六義大意の事』の読解と現代語和訳の作業を続行。(毎週火曜日午後一時~四時於京都西山短期大学図書館棟三階研究室)
○ 西山浄土宗宗会で提起された問題について、レポート二通を作成し提出す。
○「教団付置研究所懇話会」関係:
◇第9回「生命倫理研究部会」大竹・日下・太田所員出席 テーマ「宗教教義から見た自死」仏殿(横浜市神奈川区)大竹・太由所員参加、日下所員は所用により参加予定を取り消す)                平成ニー年十月九日
◇日蓮宗現代宗教研究所:テーマ「『葬式仏教』を考える」大竹所員参加
於日蓮宗宗務院(東京大田区) 平成二二年二月九日
◇浄土宗総合研究所:公開シンポジウム「自殺と自死」太日所員参加於本山増上寺(東京・芝)平成二二年二月十五日
○ 論文発表:大竹所員 法語『鎭勧用心』の江戸期「末書」を読む
『西山学報』創刊号二〇〇九年
研究ノート:太田所員『鎮勧用心』末書における「悪人」に関する考察『同上』
○学会発表:太田所員発表テーマ「西山から見た自死問題考」西山学会
於京都西山短期大学 平成ニー年七月二日
○「環境問題に関する一考察」日本宗教学会   於:京都大学 平成二一年九月六日
------------------------------------------------------------------------
4人の仕事として立派な物ではありませんか、外部の団体や大学のシンポジウムに参加発表するためには、宗門としての対面があります、学会等と言うところは学問の他流試合ですから、凄まじい戦いなりの準備と理論武装準備に大変な労力が費やされているに違い有りません。
言うまでもなく副所長の大竹師などは宗門にとっては願っても得られない人材です。何カ国語かを駆使して教典を比較検討出来る宗教学者など、今の宗門には他に居ません。他派は知らず、光明寺では外の学会や大学で、学者として論文の通用する貴重な人材です。
その大竹師が、初めて総長と顔を会わせた時総長は
「研究所に対しては、成果に応じて予算を出します」
と言ったそうですが、予算は議会が承認していて内局は執行者にしかすぎません。  また、自分は研究所の所長です。意味も立場も全く理解を超えた、宇宙人的な発言であります。
宗門はもっともっと教学を大切に、学問に対する敬虔な姿勢を持って頂きたいものです。
これでは字の読めない人が学者イジメをしているような有様では有りませんか。

ホボンを公認するのか?

法類規定改正について

法類問題は世襲の問題です。これは誠に難しい問題で、今の佛教界が抱える宿痾とも
いえる難題です。歴代の内局も手を出せないまま後送りしてきました。
それを、宗制宗規をいじるのと同じようなノリで出来ると思っていたらしく、宗制宗規委員会に改正案が出されています。
もちろん地方によって支所によって事情は大きく違っています。それだけでも大変ですが、問題は住職の後継問題に大きく関わります。住職にとって後継問題は老後の暮らしをどうするかという問題です。本来なら弟子を養い、そのうちから勝れた者に寺を託さねばなりません。法類末の寺から次の住職を引き上げなければなりません。末寺の住職にすれば、出世させて呉れないなら、法類も弟子も何の値打ちも意味も有りません。
自分の子に継がせたいばかりに、法務を縮めてでも弟子を取らない大坊ばかりになって
、勉強もしなければ世間の苦労も知らないボンボンが続出し、それが専業住職として宗門
の要職を占めている現実を、今からどうやって規正するかでしょう。上が詰まっていて誰が修行などしますか。

「貴方たちにそれをやる腹や根性は有りますか?」
・・・無いのだそうです。それがどんな問題であるかすら判って居ないようです。話を引っ込めるか、グンと暈かした規則にするか、どちっちでも良いそうです。それなら最初から現行の物をいじらない方が宜しい。規則や法律という物は、一度決めるとそれが独り歩きし始めます。
それを、私が何年も掛けて委員会に出し続けているのに、今更何と言うことを言うのですか!と庶務部長は激高します。しかし、大局観も見識もなく机の上でいじくって済むというのでは返答に困ります。
「つまり、これで安心して子供に継がせる事が出来ると大喜びする大坊の住職と、じっと順番を待って、やがては御前と呼ばれようと、じっと我慢していたのが諦めなくてはならない人が出るという事ですよ」
と解説して差し上げましたら、
「それなら止めておきましょう・・・」
簡単に言います。もしかしたら判ったのかしら。

いや、止めろと言っているのでは無いのです。宗務所に書類を出すときに誰の判子が要
るの要らないの、そんな事ではなく、バカボンでない、せめてまともな住職を育てて欲しいと言う、切実な問題ではありませんか。宗門にとって死命に関わる重要な問題です。簡
単に止めて貰っては困るのです。是非やって頂きたいものです。そうではありませんか?

素晴らしい知恵で案を出して下さいな。

東京別院に仏様が入りました

■議員報告
                            西山浄土宗宗議会議員
                            首都圏開教委員会委員   
                                    栗 田 利 竜

東京別院に仏様が入りました

【始めに】
明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
さて、本山ではご法主推戴委員会で岩田御前の続投が決定したとの連絡が有りました。まだ2月にもう一度会議が有るそうで、また一揉め有りそうだとの報道も有りますが、他の二派ではそれぞれ続投が決まっているようで有ります。
直接の担当では有りませんので、ご報告はそれくらいにしておきます。

【東京別院】
1,東京別院に仏様が入り、入佛式が行われました。職員も一人、家族で赴任しました。建築につ いてご説明致します。 
A.何故不便な二階建てにし、エレベーターなど作ったのか?
B.弥生時代の倉庫か神式に見えるデザインです。屋根の載せ具合もおかしく寺院建築とは言えま  せん。
C.厖大な盛り土をし、不自然な地形にしていて、おまけに盛り土は酸性土で樹木が育たないと言  う事を業者から議長が聞き込んで来ています。
D.盛り土のお陰で、次に建つ建物は基礎工事に大変な費用を要します。
E.法面は全て土のままで有るのを議長がコンサルに問いただしたところ、叩き固めて有るから安  心との返事をしておきながら、早速本山に、草を植える費用300万円を出せと言ってきてい  るそうです。このように、このコンサルには全て金が掛かるよう掛かるよう運ばれています。
F.北側の空き地が宗教施設でなく資産税の対象であるから何か建てなければ成らないと言うが、
これは申請の仕方が全くの素人仕事で、空き地のある寺は何処にでも有ります。これはコンサ  ルの無智が原因なのです。
(資料 1 写真帳)
2,コンサル契約の写しを入手しました。                  (資料 2)
3,入札の記録と掛かった費用の明細を入手しました。         (資料 3)
4,委員会メンバーは実質私だけと成っており、和歌山には情報が入らず、不公平な状態です。
(資料 4)
5,委員会メンバーは御遠忌の他の委員会と同じく、総長の意のままに任命できるように成ってお り、公選制度ではありません。事業規模の大きさと金額を考えますと全く不適切であります。
また、入佛式が総長の手によって行われ、「入佛之疏」が、総長の名で読まれた事がそれを象徴し ています。 つまり別院の住職は総長だと言うことです。  (資料 5)
さて、東京別院は収入の宛が全然無いままに、横浜と併行して維持されることに成ります。横浜も自立しては居ません。建築は庫裏を急遽仮本堂にしたとはいえ、寺とは思えない建築だと、実際に見てきた知人の報告です。
是非、建築に判る檀家さんを伴い、皆さんが実際見に行って欲しいと言っています。 友人の話ではこれほどお粗末で無惨な建築は見たことがないとのこと、ともかく自分で行って見て参りましょう。                              

南部の一日宗務所で初めて知らされたこと

■関東別院建設の現状3                        Vol.3
                               西山浄土宗々議会議員
                               都市開教委員会 委員
                                     栗 田 利 竜

南部の一日宗務所で初めて知らされたこと

8月30日、和歌山市梶取総持寺で開催された、南部地方教学講習会では、冒頭、総長が挨拶に立ち辞任に至る経緯を説明されました。

一日宗務所は以前から「聞き置きます」というのが半ば慣例で、実効の有る答弁は期待出来ないのが実態でしたが、ましてあと二ヶ月の内局です。何とも隔靴掻痒の感が有りましたが、今回総括として求められたのは、「東京別院の問題は不可解な事が多すぎる。責任者である当時の総長、開教委員長が出席して、四部で説明会を開催して欲しい」との申し入れと成りました。

さて、注目の東京別院問題ですが、急遽“島田関東壇信徒代表“が欠席と発表され、ますます不審感を煽る事に成りましたが、これは総長より「島田氏に対しコンサルタント契約解除の申し入れをしましたが、こういう契約は2年単位で行うものと言う返事でした。その後どうするか返事が来ておらず、待っている所です。」との釈明がありました。この人物を採用したいきさつと事情を知りたい所です。君野部長からは、「島田氏に手続き等の事務代行を委託するより、京都から職員が東京に出向いた方が、経費的に安くなる」との説明が有りました。
素人をコンサルタントと言い、はては関東檀信徒代表とか、苦し紛れの状態は早急に改善をお願いしたいものです。

坂下教化部長からは、東京別院の土地は3億3千640万円で購入、仮本堂は1億9千740万円で建てている・・・と言う、これも私には初めての事実が公表されました。
今まで、議会が認めた4億5千万の他に8千3百万円もの余分な支出が行われていたのです。そのうち5千万円は関東の壇信徒から集めた1億余円の中から借用し、本山の拝観料収入を流用し、10年20年掛けて返済することにしたと言う説明です。

そもそも東京別院は本山から4.5億円、関東の壇信徒で5億円という話でスタートした計画のはずです。関東の献金はお供えで、手を付けずプールしなければ成らないなど聞いたことも有りません。
別院にプールし、結果として開教委員会が勝手に使える金にするなど、どこで誰が決めたのでしょうか。柴田前総長は本山の特別会計から1億5千万円を開教委員会に貸し付けましたが、このように本山や光明寺の会計から内局や委員会が勝手に金を引き出せる仕組みを、誰が作り誰が承認したのでしょうか。

確かに、ここまで“疑惑“が拡がって参りますと、この事態を打開しこれからも勧募を続け、事業を推進するに、情報開示は最低限必要な作業であります。情けないことに、議員にすら知らされていない事が多すぎます。

開教委員会の議事録から
開教委員会に所属し、配布された議事録が手許に有ります。この中から、有る程度今までの流れが読み取れる部分がありますので、ご紹介したいと思います。全文は長くなりますので、ポイントと思われる部分を抜粋いたします。

<平成19年4月17日>
決定事項 ○東京別院の貫首は庫裡兼仮本堂完成までに決定する。
○東京別院の貫首はしばらくの間総長が兼任する。
議事内容 ○・・予算については横浜別院の予算は良いが、東京別院にかかる経費は2億円を超えると森本師から提示があった。これについてはさらに協議しなければならない。
○・・平成19年1月10日現在のご寄進累計は1億5百40万円。
○・・開教推進委員の任期が今年の3月で満期になることが教学部長から提示され、
どうしてもやめたい人だけそのむね申し出ていただくようにいわれた。
<平成19年6月27日>
決定事項 ○東京別院、横浜別院の会計に監査をおく。福井弘隆師と樫田瑞天師が監査に。
<平成19年8月31日>
議事内容 ○本格本堂建設についての資金計画について、遠忌から4億5千万円、関東で5億円という当初の計画であった。寄付金は1億円を越えたが、それ以上の寄付は難しいのではないか。墓地計画を断念することにより当初通り納骨堂の計画にもどす。納骨堂による収入を基に本格本堂を建設する。納骨堂等の建物を計画するより、どのような教化活動を行うかを検討すべき。行政主催の行事にも積極的な参加が必要である。拠点が出来たら熱意と信仰心で突破口を開くことが大切。葬儀屋とのタイアップなどは直ぐにでもできる。500軒の離郷檀信徒だけでは5億円の資金を集めることは不可能。離郷檀信徒が500軒のはずがない、調査すべき。宗門をあげて、末寺の住職に別院のことを認識していただいて、協力体制を宗門全体でとるべき。全国の西山の離郷檀信徒を結集して別院の檀信徒組織を作る。別院の駐在僧を早急に決めるべき。人材の選定派遣と離郷檀信徒の調査、教化活動が今後課題であると考える。
○本格本堂を含めて3年から5年以内に立てるべきだと考える.そうしないと何時まで
もお金がかかることになってしまう。資本主義経済体制に乗ってしまうことが必要。納骨堂、お墓の事業が資本主義経済体制において行う事業なんです。これが出来なければ東京に進出することは不可能だと考える。町田市は45万人・相模原は55万人つまりマーケットは100万人、こんな人口を有する宗教事業は東京以外にはないのです。その利を十分に活用すべき。
○墓地については売り手市場なので墓地について活動してきた。しかし、これは難しいということになったので、納骨堂建設に戻す。本格的な寺院なので、墓地や納骨堂は必要。現状では500世帯ですが、実際は250世帯。これでは安定した経営は難しい。それを解消するためには納骨堂建設は必ず必要である。納骨堂建設に着手するためには、本来なら檀家用の納骨堂を建設すると考えるのが普通であると考えるが、知名度の面で難しい。したがって、檀徒だけにとらわれない活動が必要と考える。それらの人々を檀信徒になってもらう活動が必要。自前の資金を減らしてパートナーを持つことが必要。リスクを少なくする事業展開が必要。納骨堂業者と接触しました。大岩メタル。株式会社の長谷川。関東の業者タンセイ。などから話を聞いた。建物を造る資金は前もって会社が持つ、後から帰してもらえばいい。などの話を聞いている。これから、基礎調査を行い、年内にまとめる。納骨堂建設には町田市の保健所等に書類を提出することになる。したがって今すぐ動くと最短で再来年の春には販売が開始できると者える。私は長谷川と交渉している。島田さんはそれ以外と交渉してもらっている。墓地を作ることを諦めてもらいたくない。
<平成19年10月16日>
決定事項 ○東京別院の(仮)本堂建立は規模を元に戻し、瓦葺きとする。
規模を戻すための資金捻出までの間は別院建立寄付金等を一時借用する。
<平成19年12月12日>
決定事項 ○今年の12月末をもってコンサルタント契約が切れる島田氏との来年以降2年間の
コンサルタント契約(2年で1050万円)の締結。
納骨堂の建設に向けてのコンサルタント契約(平成20年度分420万円)の締結。
議事内容 ○開教推進委員会規則の改正については、教化部長を副会長とし、副会長を現在の教学部長と教化部長の2名とすることが話し合われ、そのように決まった・・
・・島田氏とのコンサルタント契約については、現在、本堂(庫裡・仮本堂)の建立についてのコンサルタントもしていただいているので、この分の契約料が必要である事が話し合われた、平成19年度分は月割りにしてはどうか、来年以降は契約(一年で420万円)しても良いのでは等の討議があり、平成19年度分については内局に検討を委ねられ、次回までに決定し承認を得る。
○・・納骨堂の建設に向けて・・「はせがわ」については、明慶と言う仏師について問題が有ったことが内局から報告された、最終的には2社の提案にある借入金がある方法で検討を重ねることとなった。
<平成20年1月29日>
議事内容 ○・・どの業者と提携するかは決定することが出来なかった。この資料を議会に提出して、議会の判断を仰ぐことが提案された。
・・前回の委員会において月割りのコンサルタント契約にすることが決まっていたので、毎月税込み42万円でどうかとの提案に、出席者全員が賛成した。

<教化活動>(平成20年1月~12月)
      ・東京別院の教化活動は別院独自で実施するのか、宗門を挙げて推進するのか。寺院を取り巻く社会情勢が激変しそうな今後、首都圏での変化の目は、いずれ地方に波及するのは必至。・・・従来のような死者を媒介とする法要は今後あまり期待できません。生前葬がこれから主流をしめてくるでしょう・・・
<建築等>(平成20年1月~12月)
・資金計画に裏付けられた建設計画を具体的検討をやり直す。
向こう10年で500軒程度の新規檀家獲得が必要か。
・かろうじて東京都だが交通不便。代わりにあるのは豊かな自然。差別化をはかる道は、自然と共存する寺院」を作る以外にはない・・・
    ・スタートは少なくとも東京別院2名、横浜別院1名の体制が必要・・・東京別院  との機能分担も明確にする、分院の経費負担も重い。存続する以上は有効な活用が必要。
・柴田内局当時は御遠忌予算19億7千万円のうち4億5千万を支出し、地元負担5億をもって開設すると言う計画で議会で審議相当の不審を持たれつつも可決されたと記憶しています。それがいつ、いかなる理由によるものか、ほとんど本山負担となり資金繰りに苦慮する事を考えますと、先へ先へと計画を進めることに大変危惧を覚えます。
・コンサルタントの方が紹介下さった仏具店長谷川氏の計画にも不審を持ってい   ます。固定指産税の支払いもあり、とてもむつかしい対応を迫られていることを憂慮しています。計画も大切ですが、足下の不安にどう対処するのか、一歩一歩確実でありたいものです。
(引用終わり)

以上の記録を読みますと、世俗の常識からみてどうかという点や、総長の指名のみによる特定メンバーによる秘密主義はともかく、真面目に真剣に討議を重ねられて来た事は理解出来ます。
おかしな“コンサルタント“によるおかしな提案によるものか、おかしな伽藍配置や、無謀と言える納骨堂計画は回避出来ましたが、実態を踏まえない希望的運営計画しか持たずに、今後の困難な運営が危惧されます。元はと言えば、多大の不審を抱かれながら本山から4億5千万円、関東からの寄進が5億円という計画を強行し、使いにくい土地を先行取得し、結果、関東からは1億5百40万円しか集まっていない所(関東の檀信徒による寄進は7千910万円であり、残り3千410万円は西山住職と寺族の高額寄付。)に計画の破綻があり、資金計画に困る事態に陥った主原因です。まさかとは思いますが、その背景に何か思惑が有ったとするならば論外の事です。
開教委員会は、急ぎ今に至る情報を開示し、問題点と責任を明確に、宗門全体の議論を仰ぐべきでしょう。それによって、行くか帰るか今後の展開を計らなければなりません。

次回は11日の開教委員会、10月1日の臨宗の様子からご報告致します。

寺院賦課金は35%アップします。

■関東別院建設の現状2                     Vol.2
                       西山浄土宗々議会議員
                       都市開教委員会 委員
                               栗 田 利 竜

寺院賦課金は35%アップします

 8月26日、関東別院の仮本堂(庫裏)の上棟式が挙行されました。11月には完工します。先に建設計画の問題点をご報告致しましたが、この計画がスタートした時からの経緯を見ますと、まず、計画は「首都圏並びに都市開教委員会」という組織で、東部の発願メンバーが座長となり、委員の改選もなく、諮問機関もなく、情報を公開することもなく、限られたメンバーで全てが計画されたようです。

 宗門の決議機関である議会に対しても協議題という形で事後承諾を求めるだけで、4億5千万と言う法然上人八百年御遠忌の浄財を使いました。勿論、それを認めた議会にも責任の一端はありますが、何より独断専行し、組織と事業をすすめた二代に亘る内局と委員会の判断が疑問視されます。

 既成教団で11位という弱小教団でしかない西山浄土宗が、一桁以上大きな本願寺派でも20年掛けて展開が見えず、同じく横浜別院でも同じ年月を掛けて成果の見えてこない関東開教という至難の大事業に、いとも簡単に大金を投じてしまったのです。

 このような大事業には、周到な市場調査、実行計画と資金の準備、人員の確保と養成が最低限必要で不可欠な要素ですが、東京別院の場合を見ますと新規事業展開に当然必要な準備もなく形だけのハコモノをやみくもに建築しようとしていた事が、各地の教学講習会で計画内容が垣間見られた事から、今まで全く実態を知らされて居なかった末刹寺院の間に不安と不審感が広まっています。私が出した先の報告書に対しても、是非第二号をと言うご要望や質問が来ます。

 納骨堂の儲けを業者と折半し、その金で本堂を建てようという計画は、2月の議会で取り上げ、緊急の議員提案を以って中止を決めたのですが、総長も委員長も、議会に諮ったのはどの業者を選択するかを問うただけで、事業はすでに委員会で決定している事項であり、議会はお節介な事で議決など無効だと5月の委員会でも発言して居ました。これは基本認識が欠如しています。なぜなら我が宗では、委員会は宗務総長の諮問機関であって、議会の上部組織ではありません。

そしてその実態は、開教などには全くの素人である「コンサルタント」に計画を丸投げし、2月議会での納骨堂事業廃止決定の後も、二重払いのコンサル料を払い続けて居ました。これは5月の委員会で改めて納骨堂計画の分のコンサル料をストップさせましたが、これは明らかに議会無視の暴挙ですし、能力に欠けるだけでなく、背景が不明朗な「コンサルタント」は一日も早く契約解除しなければならないとの声があちこちで高まっています。

 現地ではすでに着手してしまった仮本堂(庫裏)が11月に完成します。3千坪の敷地にフェンスを巡らせ、赤土肌の斜面の中心にポツンと一つ建物が建つ訳です。今後の計画は何一つ目途が立って居りませんし、今まで議論された経緯も新しく委員と成った私達にすら開示されて居りません。教学部長も公式の場で遠忌事業は箱物の建設ありきで進められて居ると表明しています。

以上の経緯から鑑みて、開教委員長は、現時点で早急に総括し、今後の進め方を議会に出席して説明するとともに、結果を全末寺に『西山』誌上で説明し、全ての質問に答える責任があります。議会を無視する組織を宗門内に置くことはできないからです。

さて、ここで明確にさせておきたいことがあります。今年2月の通常宗会で内局から提出され、議会が否決した議案に「第4駐車場からの境内侵入道路計画」があります。議会に諮らず、総長が独断で進めた計画の測量費は、総長の個人負担となりました。これを踏まえますと、東京別院への支出は、議会が認めた特別賦課金からの4億5千万円以外にはありません。仮に開教推進委員会が議会に事前に諮らずに支出を行っていたら、それは委員会の全額負担です。

 行くも帰るも抜き差しならない状態に立ち至った訳ですが、仮に計画を塩漬けしようにも、維持の経費は掛かります。金銭的にはそれが一番安上がりに見えますが、留守番や草刈りなどの無駄な経費を末代掛け続ける事に成ります。たとえば、宗教法人ならば当然認められている固定資産税免除などの税法上の優遇措置を受ける事も出来ません、それだけで毎年数百万円を要します。また、損切りして撤退はありえません。あるとすれば転進のみですが、転進するには浄財を寄せて頂いた檀信徒に説明をしなければなりません。まさに「勧進帳」を読む場面です。

 言うまでもなく、この事態において開教委員会メンバーの責任放棄は許されませんが、じつは今まで20年間、横浜別院は人件費等を本山が負担して居り、単独で実質黒字を出した事は有りませんでした。今度は規模も大きく、独立会計で収支を考えないと、宗門も本年度から実質赤字で、東京の分は支えられないのです。ここにその費用を推計し、今後開教事業が幾らくらいの負担と成るのか試算してみましょう。


 まず、開設に際し最低限の造園と内部の荘厳、設備備品等の整備が必要です。
造園           10、000、000円(現在は赤土がむき出しのまま)
 荘厳及び設備・家具    20,000,000円(とりあえずです)
    計         30,000,000円(本山会計自体が赤字に転落して居り、ます。)
【収入の部】
 布施収入(横浜の実績)  10,900,000円

【支出の部】
 人件費(貫首、執事、職員若干名、福利厚生費を含む)
              30、000、000円
(実質的給料は、20,000,000円ですが、健康保険をはじめとする各種の保険料を含めますと5割増しになります)
 経常経費(営繕、光熱、交通、交際・・・)
              15,000,000円

 差額34、100、000円を、開教委員長或いは貫主となる方に工面していただかないとなりません。平成20年度の一般会計へ開教委員会から予算請求はされていませんし、御遠忌事業の予算にも含まれていません。もしや仮にこの金額を全額末寺が負担するとなると、
寺院数599で割ると 56,928円
 今納めている宗費 98,390,000が132,490,000円。になりますから、
 一口あたりに直すと457.5円。34.66%のアップで1,408円となります。
(74,540口)

議会が宗費値上げを否決した理由は、
1. 諸物価が高騰する社会情勢下で国民全般の生活が苦しくなっている。
2. 既に御遠忌に向けて檀信徒にも教師にも特別賦課金をお願いしている、
この状況で、更なる宗費の値上げを求めるのは人間としての常識を疑われるからです。
 従って、御遠忌事業として承認された土地建物取得に要する4億5千万円以上に、議会が宗門の末寺に35%もの宗費値上げを求める決議をするとは考えられません。末寺が宗門と檀信徒の板ばさみになって動きが取れなくなります。あくまでも、二代の宗務総長と開教委員会が自己の責任において負担すべきことです。

 さて、ここまでの経緯をさかのぼって見ますと、800年御遠忌の金がある、購入できる土地がある、さあ、20年来の悲願である関東開教にことよせ、もう一つ檀林を作れる・・・と言うことではないかと、今更ながらに思われるのです。関東開教は大きなテーマですが、檀林を増やすことなど末寺にしてみれば負担増以外に何のメリットもありません。
何よりいけないのは、末寺に開教のプログラムを示さず、800年遠忌の記念事業として完結するかのように事を進めて来たことです。檀末は800年遠忌の賦課金を払う事に苦吟しています。まさかその賦課金が、永劫続く経費負担のタネになろうとは思っても居りません。

 新しく選ばれる内局は至急実情を開披して、800年遠忌事業への協力を訴え直さないと、あとで反発を招き、実情が知られた時点で宗門の死命に関わる大事件となること必至です。議会へも末寺へも情報公開がなかった以上、一度全末寺へアンケート用紙を配り、このような東京別院が宗門に必要か不要かの判断を仰ぐくらいの時点に立ち戻ることが必要です。

実は今まで、横浜別院の人件費と東京別院建設の事務費等の支出が一般会計を圧迫しており、日下内局による宗費150円アップ提案の内因と成って居たのですが、開教委員会の中では横浜別院テコ入れや開教推進の作戦を練る前に、「入山する貫主は紅梅の僧正に限る」とか、「貫首は委員会の推薦で選出し管長(つまり宗務総長)がこれを認承する」として議会の審議や干渉をさせないようにするとか、光明寺別院であって宗門は金を出しても口は出せ無い・・など障壁を設けては他者の介入とチェックを防げる作業ばかりして来ました。ですから、自ら教学講習会で説明を始めるまで、宗門内でも実情が表に顕れなかったのです。
関東で集めると説明されて来た5億円が、1億しか集まらず、本堂始め諸堂の建築に目途が付いていないことなど自分達の責任に関する事は話題にもなっていません。

これでは、“自分達の私物化を目的に、内緒で事を進めている・・”と指摘されても、それに答えるすべは有りません。

 開教委員会メンバーは不思議なことに職宛で入る議員以外は任期の定めがありません。当初より変わらないのが自慢で有るとは教学部長の説明ですが、宗門の規則では誠に異例で、外に例を見ません。委員選出の基準も手順も明記されていなくて、委員会首脳のご指名と結果報告で決まるようです。これが皮肉な事に、合議制で責任者の居ない事例の多い中で、珍しく責任者がはっきりした仕組みに成っています。

 結論を申しますと、情報も身分も外部の干渉を受ける必要のない委員会を主導するメンバーが、自分達で責任を全うしなければ成らないと言う事です。それが唯一不幸の中の幸いという事態です。順序は逆ですが、開教委員会は別院を今後どうして運営して行くのか、遅まきながら自分達で議論を急がなければなりません。その結果を末寺、檀信徒に提案し、それが受け入れなければ・・・責任の行方は申す迄もありません。

西山浄土宗東京別院の現状1





東京別院計画の現状    2008.7.22 Vol.1


 今年から首都圏並びに都市開教推進委員会(以下、推進委員会と略す)の委員となりましたが、初めて知って驚いたことが多々ありました。取り急ぎご報告いたします。

              文責 宗議会議員 開教推進委員  栗田利竜

■立地 東京都町田市小山ヶ丘1丁目2番1・2

① 東京別院は町田市北西部に位置し、地図で確認できますが都下でも一番の霊園密集地域にあります。隣接する八王子市は、創価学会が東京都新宿区信濃町に次ぐ拠点として最も力を入れている所で、将来トヨタ市のように創価市に成ると言われる場所です。つまり、開教に当たって、創価学会と正面きって対峙しなければならない場所であり、霊園事業や納骨堂事業が東京一難しい地域です。

② 我が宗がコンサルタント契約を結んでいる島田氏は東京別院の位置を開教好適地と指摘しています。その主な理由は、八王子市から稲城市にまたがる多摩ニュータウンの人口です。しかし、ここも創価学会が20年来金城湯池としている場所で、旧仏教のどの教団もあえて手を付けなかったのは、学会と競合する結果を想定してのことでしょう。関東の宗教関係者では知られた事実であるのに、島田氏はなぜか推進委員会においても、また各地の教学講習会でも一言も触れていません。

③ 町田市は道路網の整備が著しく遅れており、朝夕の交通に渋滞が多く、未だに道路整備が急がれている地域です。それ故、規模の大きい集客施設は歓迎されないのです。東京別院は最寄りの駅から4キロ、バスかタクシーが頼りの場所です。

④ 敷地は南面した斜面です(2頁の地図参照)。つまり北側の道路から下へ見下ろす格好になります。その上手、道を越えて北側にも造成地が続いています。つまり周辺では一番低い東向きの斜面であり、寺を構えるに必要な南側からのアクセスがありません。また西側の高台には学校が建ち、校舎から見下ろされる事になりました。そのまた上が養老院です。

⑤ 坪10万円は安いようですが、土地の南半分は木を1本も切れない保存林です。例えば光明寺のような紅葉の名所は創出できません。残りの場所は細長い斜面で、あえていえばスキー場を上から見るような地形です。

プランニング

① 我が宗から島田氏へ「コンサルタント料」の名目で報酬が支払われています。彼が、宗教は勿論、墓地、納骨ビジネスには全くの未経験であったことを自社のホームページに示しています(下記※参照)。2月の議会で教学部長が「コンサルタント」ではなく「事務代行」であると説明しましたが、どういう理由があってか今度は「東京別院檀信徒代表」として『西山』誌に紹介されました。一方で、関東開教の当初から、『西山』誌上でも関東お念仏の会でも、定石亜彦氏が檀信徒代表として紹介されていて、交替された事実はありません。

② 島田氏は業者の納骨堂プランをそのまま列記して議会に提案してきましたが、ことごとく問題点を指摘され否決されました。今は別院の運営内容にも立ち入り、議会でも推進委員会でもまだ論議されていないことを各地の教学講習会で提案しています。そのような提案内容を誰が許可したのか。出席者からは疑問の声が上がっています。

③ この人物に、別院計画の他に納骨堂計画に関しても高額なコンサルタント料を払っていたことが東部教学講習会の一日宗務所で広く知られることになり、二重給料として問題になっています。実際の仕事は「事務代行」でしかない人物に年間1千万円も一般会計から支払うというのは如何にも無謀です。

※島田実氏(中国・韓国・台湾を得意とするコンサルタント)
http://www13.ocn.ne.jp/~kkd/
この人、学会と何のつながりも無ければよいのですが・・・第三文明社、聖教新聞の名が出ています。
http://www13.ocn.ne.jp/~kkd/crejeune/16.html

④ 提出され、推進委員会で検討してきた設計プランも寺院建設に通じた業者を選定しているとは到底思えないものです。


伽藍配置計画


① 山門が北東の隅にあり斜めに入る計画に成っています。料理屋ならともかく寺院のすることでは有りません。その上、方位から見てここは「鬼門」です。寺社は言うに及ばず建築には全くの素人であっても、あえて鬼門を選んで門を造るでしょうか、設計者の“悪意”さえも感じます。

② 寺院への参拝には、車を降り、威儀を正し、正面から徒歩で山門を潜り、参道で心を落ち着かせ、やがて極楽浄土の荘厳な姿が見えてくると言うのが基本です。浄土系には御影堂を中心とした伽藍配置の常識も有ります。

③ 唯一のアクセス手段である車で来た場合、この計画では、東隅から坂を下りながら建物を全部見て一番奥の駐車場に車を止め、そこから庫裡の裏側を通り正反対側の端に120メートルもある坂を、もう一度全伽藍を眺めながら登り詰め受付まで歩きます。さらにそこからまた半分戻ってようやく玄関にたどり着きます。建築上基本的な「動線」という考え方が全て抜け落ちています。

④ 有ろう事か敷地の真ん中が庫裡です。このような伽藍配置の寺が他にあれば教えていただきたいものです。すでに工事が始まっており、11月に完成予定です。今後修正しようにも大きな障害と成ります。本当に取り返しのつかない事をしてしまったものです。

⑤ 本堂の上手が納骨堂です。その上手が修行者宿舎、すなわち学生マンションです。修行僧が一番上手の高台で交通アクセスの一番目につく位置にあります。通りから見たら寺とは思えないでしょう。

⑥ 2.5メートルもの高い塀を提案し、そこへ5本線を書き込んで来ました。これはフェンスのみにとどめましたが、5本線は勅願寺の、3本線は皇室由緒の格式を象徴します。これだけを見ても寺院建築の基礎知識が完全に欠如したコンサルと業者を選んだことが判ります。

■議会が否決した納骨堂計画案

 日下総長が「3年で20億稼いで業者と半分ずつする」という納骨堂計画は議会で否決して白紙に致しました。内容は誇大広告さながらの計画でした。
多少良心的なプランを提出した「はせがわ」は実は当て馬でした。本命のアイエムという会社のプランを以下に見ますと・・

① 2億円の建設費用を光明寺が借り入れ、それを業者に預け、それをまた「融資金」として業者から貸していただくのだそうです。業者はリスクなしで工事費と一基25万円のうち8万円を手にし、光明寺の取り分17万円のうち60%を工事費の返済に充てるのだそうです。

② 東京では全骨を収骨しますから、高さ1尺ほどの大きな箱を預かる訳で、コインロッカーの様な箱がびっしり下駄箱状に並ぶプランです。そうしないと売り上げの見かけ数字が出ません。つまり、足下の土間から頭の上まで売れればと言う計画ですが、実際は中間の3段くらいだけが売れる場所です。足の当たる膝下や手を伸ばさないと届かない所など誰も買いません。

広告に1億円を投じる計画でしたが、その程度の広告でお骨が20億円分集まれば世話はありません。それが可能ならどこの宗派でも既にやっていて、成功の前例があるはずです。また、納骨堂の建設に2億円掛けるそうですから広告費などの経費は売れて後の話になります。

大きな宗派の所と、一等地の実施例を見学したそうですが、もともと納骨指向の門徒さんでさえ実際に完売された所は有りません。築地本願寺(銀座と道路1本隔てただけの好立地)でさえも埋まらず、古くなった建物の建て替え縮小を計画していますが、今はその費用も出ないそうです。教団が大きく檀家の基礎数が多い所でさえそれが実情です。

関東はマンションの住人が多く、せめて死後は大地に還りたいという指向が強い場所です。さらに町田市は、寺院墓地以外に15の霊園、隣の八王子市には何と27の霊園があり、一区画60万円以下の価格で競争しています。墓地に関しては完全に飽和状態です。今までの墓地計画や納骨堂計画が、法律的に造営可能かどうか、自治会の同意が可能かどうかなどに捕らわれ、現地の実情は一顧だにされなかったことが判ります。

■今後の運営と展開

① 我が宗の年間予算が1億7千万円。その予算の約2.65倍、4億5千万円を土地取得と庫裏建築費としてすでに使ってしまいました。今後は、維持するための経費が毎年掛かってきます。固定資産税支払いなどの未解決の問題も残っています。失敗すれば教団の経営を揺るがす事になるでしょう。

② 7月の臨宗でも東京別院関連費7千万円余りの内訳が決算書に報告されて居ないことがようやく追求されましたが、今までは議会にもすべて「議案」でなく、「協議題」として結果報告されただけでした。開教推進委員会や当局は、議会や末刹寺院に対して情報を開示し、多数の意見が反映される形で事業を進め、不安を払拭する義務があります。

 ともあれ、開教は結構な計画で、教線の拡大は僧侶の使命です。手を付けられた方達にはご苦労ながら投げ出すことなく先頭に立ち続けていただき、私たちはしっかり支えて行かねばなりません。すでに投じた金額と今後の経費が余りにも大きいですから、壇末に対して重大な責任があります。今から損切りして投げ出そうにも、都との払い下げ契約から見て困難であり、決行するには巨額の損失を覚悟しなければなりません。
 初代貫主には力量が求められます。何しろ、関東では30数年掛けても檀家は少しも増えて居ません。横浜へ開教寺務所を開設して以来15年、一度も独立採算を達成できていません。それを、「数年以内に2百数十名の檀信徒を最低でも1千名にしなければ、経済的に足を引っ張る」と、開教推進委員会発足以来のメンバーである教学部長が教学講習会でノルマを明確にしてしまったのです。同時に、1億円しか集まっていない関東での寄付金の残り4億円を集めなければなりません。

人事も運営方針も決めないまま、建設ありきで事業が進められて来ましたので、未だに運営計画も貫首をはじめとする開教メンバーも一切白紙のままです。このままでは11月に庫裡が完成しても、それこそ「仏作って魂を入れない」状態になります。今乗り込んで二つのノルマを果して頂く実力のある貫主を選ぶとなると、誰が見ても「○○さんに行ってもらうしかない」でしょう。


■参考資料■

その他記事関連のWEBサイト

http://www.tokyo2-soka.jp/introduction.html
・・戸田第2代会長が、水滸会(当時の青年部の人材グループ)の第1回野外研修で氷川に向かい、途中、八王子を通った際、「将来、ここに平和・文化の一大拠点を築きたい」と語られたのです。
 その師の言葉を胸に刻まれていた池田大作(いけだだいさく)名誉会長は、緑と人材があふれる多摩地域に限りない未来を見出され、常々「三多摩の時代が必ず来る」と語られていました。
http://www.misatosekizai.co.jp/cemetery/soukagakukai.html
創価学会の会員が購入できる東京・神奈川・埼玉の宗教不問霊園

http://www.aiemu.co.jp/
アイエム(お墓、墓地・墓石のご相談は寺院をお薦めするアイエムへ)