第 123 回臨宗宗会 議員報告 南部宗議会議員 栗 田 利 竜
議会のご報告を申し上げます
第122議会は和田正友議員が南部の代表質問を行いました。今回はその中から、注目さ れる重大事項についてご報告致します。 「西山」誌の議会報告に総長はじめ内局の答弁が記載されていますから、そこでどんな答 弁が行われているのか、質問と併せてじっくりご覧下さい。答弁には的を得た発言が無く、 その上、あり得ないことに議長が熱弁を振るって議事を進行しています。いつも発言するの は南部議員が主で、一般質問には他の議員からは殆ど発言がありませんでした。 この報告書は、代表質問した和田議員から南部議員の連名ではどうかという提案もありま したが、全員の賛成とは行きませんでした。それで、栗田の私見と提案も加えながら纏めま した事を勘案の上お読み下さい。
本山を納骨の寺に?
1,「本山を納骨廻向の寺に」という総長の所信に対して、
門末の寺院においては、後継者の絶える檀家等の要請に応じて、合祀墓、納骨塔を準備す るケースがしばしば見られるようになって来ています。これに対して、本山における「お祖 師様のお膝元へ」という分骨は明らかに趣旨目的が違います。 この趣旨を徹底せず、たとえば有名な大阪の納骨の寺一心寺を、総長達が二回も見学に行 ったと言っていますが、お骨を預かり建墓の手間や費用を省く目的で、宗旨宗派は不問、永 代供養をかねて利用される納骨を、納骨料目当てに欲しがるのは明らかに本山の意味、趣旨 を逸脱しています。 紀州では梶取や高野山に分骨する事も多いのですが、本山がその趣旨を徹底しないことに は、どこに納めても同じという事になり、今の納骨価格が崩れざるを得ません。それでなく とも、本山への納骨は光明寺の参拝客数と共に、毎年のように漸減して居ることは決算書を 見れば明らかな事実です。
一心寺の場合は一霊1.5万円から受けて居ますが、近畿一円に名の通った歴史ある老舗で すから、年間1万5千ものお骨が集まります。しかもこれは永代供養付は10万円きりです。 しかし光明寺の場合は末寺があります。壇末の口数74,000口、一軒平均20年に一霊発生する として年間3,700件、極論すると、600ヶ寺はその周辺で食べて居るのです。 それを、お 葬式を機会に檀家が無くなって行くという永代の納骨を、本山が集めようというのでは、末 寺は枯れて行けばよいというばかりです。 本山が行う納骨はあくまでも分骨です。
まず今の年間524霊しかない7万円の分骨を増加さ せる手立てを講じることが先です。少なくとも 3,700 と言う目標があるのです。ましてや一 般に解放して、一心寺を真似しよう、価格競争でもしようというのは無謀です。後にも述べ ますが、今の内局の動きには本山としての趣旨役割を理解せず、逸脱し、目先の金銭目的の 話ばかりが見られます。本山が鉦を叩いてナンボと言うような感覚で運営されては、宗門の 行方が思いやられます。 末寺が案内し、本山へ送った壇信徒を、本山がきちんとした対応を以て納得、感謝される 勤めを行いますと、同時に末寺住職の値打ちも上がり、それでこその本山であります。
まず おもてなしです。全骨は受け付け無いだの、回向を終わった法主に、客を送るべき本山部長 がペタペタと付いて降りてしまうと言うような状態ではお粗末の極みです。本山部は洗練さ れた法要と接待と送迎を徹底して頂きたいものです。
議会を無視して建築発注
2,東京別院の職員宿舎計画昨年6月の臨宗に出された東京別院の職員宿舎計画ですが、今、関東では震災復興が先で、 資材も職人も無く、建築をするには時期が悪いと言うこと、寺院建築にそぐわない陸屋根の プレハブアパートは如何な物かと再検討を要請されました。ですが、122議会には、その まま発注され、工事が進んでいると報告されました。屋根は業者に断られたと言うのですが、 今時、切り妻にさえ出来ないプレハブというのは納得が行きません。 入札の経緯や委員会等による計画も相談も一切なしです。聞けば、参事会で決定したと言 うのですが、10月に臨時の参事会が開かれ、その翌々日に発注されたようです。議員には 何も知らされませんでした。 参事会というのは上程される議案の整理と、緊急非常の際に議会に代わって決定する事が 出来るという機関です。参事会長の原田武俊議員に伺うと、
「・・・そんな議題は出て居たの かなあ、後日紙を送って来て、議事録に判を押してくれと言うので押して返送したのだが・ ・・」
と言います。どっちもどっちですが、その翌々日では議事録に印を押して正式の書類 を作成した時間すら無いはずです。正当な発注手続きでしょうか。 これでは議会の存在価値がありません。故意かどうか、完全に議会無視です。この、議員 に連絡をしなかったことは、議会初日の懇親会の席で判っていたそうですが、翌日の議会で はそれには一切触れず、内局も議員も何も触れないまま審議を続け、そのまま案件が終わり そうになったので、私が原田参事会長に問いただし、やっと庶務部長、総長の謝罪に至った のが実態です。議会無視は重大な瑕疵です。よくも平然と議事を進められた物ですが、謝罪 で済む問題ではありません。当然それなりの責任の取りかたが必要です。 「坊主の金儲けは建物を建つとき」と俗に言われますが、このような委員会での検討もし ない、入札もしないと言う建築方法はあらぬ疑いを招く事になります。 さらに問題は、東 京別院への人件費、経費支出が足を引っ張り、光明寺予算が明らかに萎み始めました。もう 別院は保留資金も底を突きました。いい加減に東京別院の経理を独立させ、本当の収支を発 表するべきです。光明寺が喰われてしまいます。経理のベテランである某議員も、さっぱり 経理の流れが判らないと言います。 今までは宗門が潰れても光明寺は生き残ると言われていましたが、このままでは光明寺が
先に危うくなりそうです。
漸減する光明寺と別院の収入
東京別院と光明寺の収入が減っています。光明寺の決算を見ますと、ずらりと減収マーク が並んでいます。法主の交代以来、昨年比でも志納金が 3730 万が 3380 万、回向料が 3600 万 から 3250 万。葬儀、年忌法要がいずれも減少して居ると言うことは重大です。光明寺の予算 が志納金や、小さな額では有りますが、法主の御親教料もそれぞれ 100 万円と 120 万円の減 です。受戒が一回有っただけと言うことです。これでは予算の編成が窮屈で、何かと言えば 宗費値上げが取りざたされていますが、次期内局は宿題を負わせられ大変です。 6千万円余の資金を投じた納骨堂も昨年は十五基、6百数十万円の売り上げでした。鼻息荒 く業者頼みの販売計画をぶち上げましたが、成功は無理とみた業者が逃げてしまい、今は1 0年掛けてゆっくり売れば良いと言い始めています。別院の目的は開教でしたが、今では葬 儀の下請けアルバイトと、それに伴う年忌法要が主な仕事になっているようです。あれほど 謳われた宗門の将来を見据えた関東開教という大目的はどうなっているのでしょうか。原野 のなかに大伽藍を立てるという計画はもとより完全に破綻しています。コンビニスタイルで 説教所を多数開設し、やる気のある若い僧侶に任すべきです。他宗では開教寺院に補助金で 応援するシステムを持っているところが一つならずあると紹介されて居ます。後に紹介する 「寺院消滅」をお読み下さい。 八年前から関東別院を無謀な計画であると発言し続けて参りましたが、それが今日になっ てことごとく的中しているのを見るのは辛いことです。
宗門を衰退させる構造的な無責任
3,「西山教義は軒端三尺高し」とか言いますが、所信表明にも「宗門の重要な部門は、なん と言っても教学の充実と、壇信徒に対する教化活動である」と謳われていますが、大会にお ける座次などは、どんどん僧階、等級偏重に傾いています。 教区の改変に際しても、総長が拘って、宗務支所規定の中に、 「法服及び座次に関する事項」 などと言う、一度は消えた項目を強硬な態度で挿入しましたが、これも法事部あたりのこだ わり感覚で、座次の問題はむしろ教階、学階無視を元に戻し、寺院等級なども無くすべきで す。確かに僧階に伴う義納金は本山会計に貢献するでしょうが、宗門の品位と格式には関係 ありません。例えば大坊の二世三世という若者が高位に並び、短大の学長など、宗門をある 意味で代表する人物が末席近くに座るような不都合が生じる事にもなりかねません。言うま でも無く、支所内に座次を切るような法座はまれで、これは本山における法事部、式事部の 内規で済む事です。宗規に入れるのには違和感があり、所信にも反しています。 大局を見ず、小事に拘り、宗門の品格を大切と心得ない内局の姿です。最近も奉仕団参を 引率して本山の清掃をして参りましたが、サラリーマン化した本山職員の姿に、昔を懐かし む明秀会会員の声がありました。祖山護持の気持ちに添える山内の雰囲気が切望されます。
楽なら良いのか法式の無視
4,称礼と礼拝はどうなっている?「法悦の妙境は一糸乱れざる勤行によって味わい得られる、故に法要に従事する者は、敬 虔な態度で而も終始違うことなく、宗派が定めた法式を充分心得て奉仕しなければ、その法 要は無価値な物となってしまう」西山浄土宗蓮門法式集初版本 今本山では、いつの間にか三称礼が二称一意礼に変わってしまっています。また、十念は あくまで十念であり、面相の十念は西山の秘訣でありますが、それが乱れ、登山する壇信徒 の間で話題となり、引率の住職を困惑させて居ます。壇信徒が法主のお十念を数え袖引き合 っています。
また、御影堂における尋朝はじめ回向の際、内局員だけが、それも椅子に、それも座布団 をひいて腰掛け、足下に朱扇を投げ、五体投地を省略している姿は、法式作法から見ても異 様で横着です。壇信徒の目にはどう映っている事でしょうか。前法主は足の不具合で椅子を 使用されましたが、それを勝手に恒常化して、今のていたらくです。本山の存在価値と感謝 は、壇信徒に代わり日夜厳粛に祖師への礼拝を勤めて頂いているという処にあります。末寺 にも言えることですが、礼拝は何にも代えられない信仰の証で、敬虔な作法が出家者の基本 で有り信用です。「威儀即法」でありますが、横着を決め込む一部の者が蟻の一穴、宗門の値 打ちを削ぎ、足許を危うくしてゆきます。
本山が切り売りされる
5, 内局が熱心に取り組んでいる問題に、墓地の新設拡張があります。蓮生閣建設の際、切り取った土砂を埋め立てた場所で、既設墓地の参道側にある、樹木の 養生地という名目の土地ですが、今回100区画余り、規制逃れでもう50区画を次に追加 申請するという事ですが、竹藪を開発した前回と違い、今回は正味の境内地です。 表参道の真裏ですから、墓石に落ち葉が掛かる様では苦情が来、日当たりも悪いところです から、恐らく大幅な杉や紅葉の伐採が行われると思われますが、景観の悪化と共に地盤の軟 弱化も大問題です。境内の切り売りを急ぐばかり、擁壁の補強は眼中に入っておりません。 これは、地元議員の報告では、光明寺の境内は「土砂災害警戒区域(粟生、長法寺)」です。 特に表参道、紅葉渓は特別警戒区域で、本山周辺の都市計画もストップしていると言います。 今回の増設も、既設の墓地が完売されたからという事ですが、最近は墓地への関心も薄く なり、見通しを聞きますと20年掛けて売ってゆく計画と言います。また、一千万の工事に 完売で一億の資金が残る計算ですが、これは何の目的と言うことも無いそうで、内局が自由 に使える金となるのだそうです。 また、解散している墓地管理委員会を再開する予定も無く、山内環境整備委員会にも諮ら ず、事務方の担当で事業を進めると言います。つまり全くのブラックボックスとしたいよう です。今までの墓地販売には様々の問題点が有ったと報告されましたから、なおさらブラッ クボックス化して良い訳が有りません。内局は関東開教委員会も開かずに宿舎建設を進めていますが、墓地もまた内局一存で進めるつもりのようです。 私達が事業計画が杜撰だと反対しました東京別院の納骨堂も、ふたを開けてみると売れた のは今のところ十数基だそうです。案の定です。専門業者が採算に乗らないと逃げた案件を 素人が強引に進めた訳ですが、これも立ち腐れ、だれも責任を取りません。本山の墓地もそ の轍を踏む恐れが多分にあります。 本当に墓地の需要があるならば、本山周辺の竹藪が後継者難で売りに出されている時代で す。谷間の木陰にあり鬱陶しく、参拝路も狭く、車が入らない墓地より、開けた場所で施設 が整った霊園がいくらでも開発できるのです。
本山の環境整備は火急の事態
6,墓地より周辺の環境整備が先大山崎から9号線を結ぶ高速が付き、やがて本山の門前には北から阪急長岡京市駅に繋が る地下鉄の駅が出来る予定です。一躍交通の要所になりますが、そうなれば本山周辺の環境 が都市開発の波に脅かされることが目に見えています。今の間に宗門の全力を挙げて周辺の 保全に努めなくてはなりませんが、今の総長はそういう事は一切考えないと答弁しました。 前々内局の時にも門前の土地を確保して駐車場にしておけば駅が来ると、周辺の事情を心 得た人たちによる情報に基づいて、私達南部議員が本山の将来を展望した提案をしましたが、 当時の総長が一切聞き入れず黙殺してしまいました。まさに代々の内局はじめ、先を読めな い議員達もまた暗愚のそしりを免れない事になります。不急不要な建物に拘っているような 時ではありません。 こういう問題には、宗門の将来を見据えた事業に着手出来る手腕が必要です。
総長になる には僧階がどうとか、衣の色がどうとか、人材の登用に余計なバリアが多すぎます。宗門の 行政と本山の運営組織が混同され、どちらも半分の力しか発揮できていません。宗門と本山 部の部屋が別れているように、宗門は別の場所に移し、そこには、せめて普通レベルの経営 能力、経理能力のある在家者等を登用しないと、時代に会った宗門経営は無理となって居ま す。
『寺が消えて行く』
最近出た本ですが、すでにご覧の方も多いと思います。『寺が消えて行く』 この、私達にとって、うすうす感じながら、具体的には見ようとしていない事実が念入 りな取材で明らかにされています。 以前梶取で開かれた支所会の席で、「これから寺院の運営はどうしたら良いのですか」と聞 かれたことがありました。寺の衰勢は皆が感じている事です。 私は「せいぜい檀家さんと仲良くなって行くことでは無いでしょうか」とお答えしました が、現に梶取で起きている犯罪と言える事件も、「檀家さんには言わない様にしよう」という姿勢に見られる如く、僧侶は信用される存在では無 く、見切られているのです。それでは打つ手もあり ません。NHK のクローズアップ現代で取られたアンケートに、 日本人は、 「佛教が好き」が90%。それに対して「寺」 は25%。「僧侶」は10%しか好かれて居ません。 佛教のイメージは良いのに寺と僧侶は不満を持たれ、 極端には嫌われているのです。 僧侶の中には、最後のあがきというか、悪逆を働 き、本当の仏教が説かれることを妨害をする人まで います。なぜ、僧侶が、そのような愚かなことをし でかすのでしょうか。それは、たとえば ・今のまま少しでも葬式や法事のお布施が欲しい ・本当の教えを学び、伝えるのは、大変なのでさけ たい といった目的であることがほとんどです。 そんな僧侶にとっては、檀家や門徒さえも自分の財産、いわば「金づる」ですが、逆にそ の姿は金をたかりに来る迷惑な存在としか見えていないのです。
ここでは序文の一部をご紹介します。中に、関東別院の近くで新寺院を建立して檀家を集 めている、若い和尚の例も2例紹介されています。いきなり大金を持ち込んで立ち往生して いるこちらとは対照的です。やはり開教は「人」です。投資は人にしなければなりません。 本の最後には今日の日本で最強のインテリ、キリスト教徒の佐藤優氏が論評を書いていま すが、ここには私達の最後のよすがとも思わせる刮目の所見があります。ここには引用しま せん。是非ご自身で求めてお読み下さるようお勧めします。以下は本の序論です。
はじめに それは秋の彼岸入りを控えた2014年9月中旬のことだった。 ひょんなことから、旧友と18年ぶりに再会することになった。その友人は、長野県松本市 に住んでいて、とある名刹の跡継ぎである。 かくいう私も、京都の寺の生まれだ。学生時代に修行道場に入り、"一応は"僧侶の資格を 得ている。旧友とは、修行の同期の関係だ。行を終えると彼は、寺坊を継ぐため、真っすぐ に仏道を進んだ。一方で、代々、寺だけでは食べていけない貧乏寺出身の私は、サラリーマ ン記者をやつている。 (中略) 「ここ松本では山間部で過疎化が進んでおり、寺を維持できなくなっています。東京などの 大都市への人口の流出と地方の疲弊の流れの中に、寺院の存続問題があります。経済記者の 視点で地方の寺を取材してみてはどうでしょう」 折しも、日本創成会議(座長・増田寛也元総務相)が発表した「消滅可能性都市」が、話題 になっていた。増田氏らは、このまま大都市圏への人口流出が止まらず、若年女性の減少な どが進めば、2040年には全国の自治体の四九・八%が消滅する可能性があると指摘している。
例えば秋田県では大潟村を除いたすべての自治体が「消滅可能性」の範疇に入り、青森県 や島根県でも多くの自治体が将来、「消えてなくなる」可能性があるという。地方都市が消滅 するのに、そこにある寺が存続できるわけがない。 彼が言うには、「地方都市の消滅はこれからだが、仏教界では既に寺院の消滅期に入ってい る」と。増田氏が唱える「2040年」を待たずに、寺院はもっと早い時期に、かなりの数 が消えてなくなる可能性があるというのだ。 寺の存続問題を通して、今、地方で起きている諸問題-高齢化、過疎化、核家族化、都市へ の人口流出など・・を見ることもできるかもしれない。 書店に行けば、仏教や寺院に関する書物をいろいろと見つけることができる。その多くは 著名な僧侶や学者による仏教指南書や、宗教マネーに焦点を当てたビジネス本、あるいは仏 像ブームを捉えたガイド本、写真集などである。「社会構造の変化と寺院」を切り口にした一 般書はほとんど見当たらない。 経済記者と僧侶の両方の立場だから、見えてくること、語れることもあるだろう。私は早 速、取材を始めた。
現在、全国に約77,000の寺院がある。そのうち住職がいない無住寺院は約2万ヵ寺に 達している。さらに宗教活動を停止した不活動寺院は2000ヵ寺以上にも上ると推定され る。無住寺院とはつまり空き寺のことであり、放置すれば伽藍の崩壊や、犯罪を誘引するリ スクがある。 しかし、多くの宗門は無住寺院や不活動寺院の実態を把握し切れていない。一部、規模の 大きな教団ではサンプル調査に乗り出しているものの、仏教界全体ではほぼ手つかずの状態 と言える。 ましてや、この状況から脱するための対策には乗り出せてはいない。末端の各寺院はそれ ぞれが宗教法人格を有している以上、宗門本部がカネを投入したり、整理・統合を進めるこ とが難しい。寺を存続させるかどうかは住職の判断に委ねられている。
即ち、後継者のいない寺や経済力のない寺は、増田氏の言葉を借りれば「消滅可能性寺院」 と言える。消滅可能性寺院の中には、荒廃した庫裏に独居状態で老僧が暮らしており、孤独 死を待っているような悲惨な状況も少なくない。後継者探しを諦めている住職も多い。 私は名もなき寺の住職の声を集めるために、全国を歩いた。 (中略) 一連の取材は、知られざる仏教史をたどる旅でもあった。一時期、寺と僧侶がゼロにな った県があった。尼寺の哀しい歴史も知った。かつては広大な所有地を誇った寺が、その大 部分を喪失するという戦後のエポックメーキングがあった。 寺をつぶさに観察し、史実と照らし合わせながら、取材を積み重ねていった。 (中略) 昨今、家族葬や散骨、永代供養などにみられるように、寺との関わりが希薄になっている。 田舎から都会への改葬(墓の引っ越し)も増えている。「失われる宗教」の背景には、法を説く ことを忘れた僧侶への厳しい批判や寺院不要論があることは十分承知している。 しかし「寺が消えることは、自分につながる"過去”を失うことでもある」ことを、わずか でも感じ取っていただけれぼ幸いだ。人は未来に希望を託さずには生きられないが、「過去」 を振り返ることも時に必要だと思うからだ。

